指輪を外したら、さようなら。


『男の傷をその身体に引き受けて、お前の中に増えていく傷は、誰が癒やせるんだろうな』



 癒されたいなんて、思ってない。



『ほら、咥えろよ。涎垂らして欲しがれよ!』



 忘れたい、だけ。



『ありがとう』



 忘れて欲しくない、だけ。



『母親にばっかヤラせねーで、お前も身体使って稼げよ!』



 忘れた振りが、したいだけ。



 鼻を突くアンモニア臭、肌に食い込む爪、ザラリとした舌の感触は吐き気がした。喉の奥まで突っ込まれて、嗚咽を漏らし、涙を流す私を見下ろして、悦んで腰を振る男。

 助けを求めて視線を彷徨わせる私を、モニター越しに眺める男の息は荒く、興奮のあまり制服のスラックスがはち切れそう。

 どいつもこいつも、獣以下だ。

 その男どもに跨り、ナイフを振り下ろす夢を見る私もまた、獣だ。

「愛してるよ、千尋」

 名前を呼ばれて我に返ると、比呂の唇が私の唇に重なり、その温かさに目頭が熱くなった。

「千尋?」

 啼くほど感じているわけでもないのに、泣きだした私を、比呂が心配そうに覗き込む。大きな手で頬を包み、親指で涙を拭う。

「外さないで」

「え?」

 私は頬に触れる彼の左手に手を重ね、頬ずりした。

「指輪、外さないで」

 中指で、彼の薬指にぴったりとはまる指輪に触れる。

「外さないで……」



 この指輪がある限り、私はあなたのそばにいられる――。



奥さん(指輪)に見せつけたいのかもね。あなたの夫(この男)は私のモノだ、って』

 そう言った、バカな女がいた。

 私は比呂の左手を頬から唇に導くと、薬指に光る指輪(それ)に口づけた。

『比呂を捨てる決心がついたら、連絡して』



 私が比呂を捨てる時。

 それは、比呂がこの指輪を外す瞬間(とき)――。



「比呂は私のモノ、ね」

 バカな女の娘は、やっぱりバカだった。

 一緒に暮らし始めて、比呂はそれまで以上に私を甘やかし、束縛した。

 最低限の飲み会以外は参加禁止、おはようとか行ってらっしゃいと一緒にキス。毎日のようにスイーツを買って来るのは、さすがに止めさせた。

 で、お礼と称して私からのハグやキスをせがむ。

『面倒臭い』と冷たくあしらうと、嬉しそうに『けど、まんざらでもないだろ?』と笑った。

 面倒臭い快感、てやつにハマりつつあるなんて、口が裂けても言えなかった。

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