指輪を外したら、さようなら。
10.妻の愛人



『美幸との離婚の手段くらい用意してる』

 千尋にそう言った翌日。

 俺はスマホで調査会社を検索し、浮気調査に強い会社に目星をつけて、三社ほど電話をかけた。

 一社は依頼が多くて、調査結果を出すまでに三か月から半年はかかると言われた。

 一社はすぐに調査にかかれるが、連絡手段はメールのみで、報告書もメール。費用は行動調査五日で、着手金として三十五万円を振り込み、書面と写真での報告書を作成の後、二十万円を振り込むと報告書が送られてくると言う。

 もう一社もすぐに調査可能で、時間があれば面談した上で料金を見積り、クレジットカードの使用も出来ると言う。

 俺は三社目に、面談の予約を入れた。



 調査員は三名、俺の対応をしてくれたのは、越野哲太(こしのてつた)という四十代前半の男性だった。

 初回の面談時の手順なのだろう。

 名刺を渡され、名刺が本物である確認として免許証を見せられた。それから、守秘義務についての説明と、確認書にサインを求められた。

 事務所はビルの一室だが、一階にはコンビニと花屋が入っていて、全体の雰囲気は明るい。事務所の入口もガラス戸で閉塞的な印象はない。入ってすぐの六畳ほどの部屋が打ち合わせブースになっていて、入口からは見えないようにパーテーションで仕切られている。

 ドラマや映画でよく見る探偵事務所とは大違いで、少し驚いた。

「依頼内容の確認として、録音させていただきます。ご希望でしたらコピーをお渡ししますし、調査終了後に消去いたしますので、ご安心ください」と言いながら、越野さんは一メートル角のダークな木目のテーブルの中央に、レコーダーを置いた。

「はい」

 俺が頷くと、越野さんがスイッチを入れる。赤いランプが点灯し、録音が開始された。

「まず、依頼内容と理由をお伺いします。内容によっては依頼をお断りする場合がありますことを、ご了承ください」

「はい」

「では、依頼内容をお伺いします」

「妻の行動調査です。端的に言えば浮気調査ですが、浮気の事実は確かなので、証拠写真と、相手についての調査をお願いします」

 越野さんは、手元のクリップボードの用紙に、俺の言葉を記入していく。

「奥様の浮気が確か、という理由は?」

「本人から聞きましたから。それが理由で二年ほど前から別居しています。が、妻が離婚に応じないので、確かな証拠が欲しいんです。できれば、相手の男性と話がしたいとも考えています」

「有川さんは離婚をお望みなんですね?」

「はい」

「奥様が離婚に応じない理由はご存じですか?」

「相手にも家庭があり、自分が離婚しても結婚できるわけではないから、と言っていました。離婚して、親兄弟を失望させたくない、とも」

「なるほど。では、相手の男性と話がしたい、というのは?」

「妻の説得を頼みたいからです」

「相手の男性に、不倫相手の離婚を説得しろ、と?」
< 60 / 131 >

この作品をシェア

pagetop