指輪を外したら、さようなら。
12. 嫉妬



 まったく、陽気な奴らだ。



 余程楽しい酒だったのか、ご機嫌な男が俺と千尋の名前が似ていることに大笑いした。

「ありかわひろ? すげー、千尋の名字って相川だよな? 名前、そっくりじゃん」

 この男のノリに付き合う気にはなれず、思わず苛立ちを視線に乗せて放ってしまった。が、すぐに気を取り直し、営業スマイルに切り替えた。

 千尋の友達だ。

 印象は良くしておいた方がいいに決まっている。



 ま、印象が良くてもコレ、じゃなぁ……。



 俺は左手の親指で薬指にはまったモノに触れた。

 今更、どうしようもない。

 俺は苛立ちの原因を解消しようと、千尋を抱きかかえた男の手を払い除けた。

「千尋を連れて帰りますね」

 本当なら『こんなになるまで飲むんじゃねーっ!』と叱ってやりたいが、そこはグッとこらえた。男の手から解放されてふらつく千尋を抱き締める。

「歩けるか?」

 俺の問いに、千尋がゆっくりと瞼を上げた。
「比呂?」

 俺はこの場の全員に見せつけるように、千尋に頬を寄せた。

「飲み過ぎだろ」

「ん……」

「帰るぞ」

「ん……」

 ヤバい。

 可愛すぎる。

 俺以外の男の前でこうなったことは許せないが、酔って無防備な千尋は、珍しく素直に甘えてきた。人前だというのに。

 人前だというのにだ。

「おい! あんた――」

「――大和さん!」

 俺の指輪に気づいたらしく、それまで陽気でご機嫌だった男が険しい表情で声を荒げ、慌ててそばにいたきつめの女が制止した。

 直感で、この女が、千尋と電話で話していた『あきら』だとわかった。

 弁解とまではいかなくても、千尋の友達を安心させる『何か』を告げるべきかと思い、俺は口を開いたが、迷って、やめて、また口を開いた。

「じゃ、俺たちはこれで」

 やはり、弁解の余地はない。

 俺は指輪をしていて、千尋はしていない。

 それが、現実だ。

 俺はタクシーを拾おうと大通に目を向け、千尋の腰に腕を回した。



 のこのこ迎えに来て、後で知ったら千尋が怒りそうだな。



 だが、酔い潰れた千尋も悪い。

「千尋、酔うとすげーイイですよね」

 タクシーを停めると同時に耳に飛び込んできた言葉に、表情を取り繕う余裕もなく振り返る。

 あきら、の隣の男が、真っ直ぐ俺を見ている。

「けど、ヤリすぎると記憶飛ぶんで、ほどほどに――」

「――ご親切に、どうも」

 ギリッと歯軋りをして、そう発するのが精いっぱいだった。

 千尋を抱いていなければ、殴りかかっているところだ。

 見たところ男は指輪をしていないし、どう考えても千尋の好みではなさそうだが、大学時代のことまではわからない。

 俺は嫉妬に駆られつつ、一刻も早くこの場を去ろうと、千尋をタクシーに乗せ、自分も乗り込んだ。

 運転手に住所を伝え、俺は千尋の肩を強く抱いた。



 ムカつく!



 俺の嫉妬など露知らず、千尋は気持ち良さそうに寝息を立てている。

 まさか、大学時代の仲間の中に、千尋の元カレがいるとは思っていなかった。

 知っていたら、行かせなかった。

「どうせ記憶なんかないだろ」

 俺は呟いた。
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