熱く甘く溶かして

「畑山だろ?」

 心臓の音が早くなる。息が苦しくなる。なのに体が硬直して動かなかった。近付いてくる足音に恐怖すら覚える。

 震える足を一歩踏み出したものの、腕を掴まれる。だが智絵里は怖くて振り返ることが出来なかった。

「は、離してください……!」

 振り払おうとするが、相手の力が強くて、智絵里の力では到底及ばない。

「つれないじゃないか。俺のことを好きだって言ってくれたのに」
「そんな昔のこと、とっくに忘れました! あんたなんて……!」

 必死に抵抗するうちに、相手の顔が視界に入る。同窓会では恭介に視界を塞がれたので見ることはなかった。

 杉山の顔を見た智絵里は背筋が凍るような感覚に陥る。あの頃よりずっと老けた。でも……どうしてあの頃は気付けなかったんだろう。こんなに卑しい目で私を見ていることに。

 ふとあの日のことが思い出され、吐き気を催す。こいつによって私の全てがめちゃくちゃにされた。

「あの頃はかわいかったのになぁ。まぁ今はだいぶ大人の女になった」
「やめて! 気持ち悪い……警察呼びますよ!」
「呼んでどうするんだ? 教師と元生徒かもしれないが、今は成人してるし問題ない。それに恋人だったわけだし」
「あんたなんか恋人でもなんでもない! あんなことしておいて……」

 智絵里が怒りを込めて言い放ったが、杉山は不気味な笑みを浮かべる。

「あぁ、やっぱり気付いてたのか。でも恋人なら当然の行為だろ?」
「当然⁈ 最低……! 私は同意なんかしていない。ただうたた寝をしただけ。その間にあんたが勝手に私を犯したんでしょ!」
「おいおい、言葉を慎めよ。まるで俺が犯罪者みたいじゃないか。ちゃんとお前にいいかって聞いたら、うんって言ったんだ。お前は同意したんだよ」

 こんな最低な男だったなんて……。あの頃の私はどうして気付かなかったんだろう。部活の優しい顧問の先生、それくらいにしか見ていなかった。

「……話にならない。もう私に近付かないでください。じゃないと警察に行きます」
「何の証拠もないのに? そんなんで警察が信じるわけないじゃないか。それに……そうだ、篠田はこのこと知ってるのか? まさか結婚相手が教師と付き合ってたなんて知ったら驚くだろうな」
「……彼には全部打ち明けた。それを知った上で結婚しようって言ってくれたの。あんたみたいな汚い男じゃないのよ」
「ふーん……じゃあこれ見ても気持ちは揺るがないかなぁ……」

 杉山はスマホの画面に映し出されたに写真を智絵里に見せる。それはあの日の智絵里の写真だった。血の気が引いて行くのを感じる。こんなものを九年間ずっと持っていたの?気色悪い、吐き気がする。
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