友達、時々 他人
「お前の気持ちは本物だ、ってこと」
「はい?」
「俺は泣きの一回も、最後まで踏ん張れなかったからさ。諦める方が楽だと思った。谷みたいに、諦めるのを諦めるなんてしんどいこと、出来る気がしなかったな」
ははは、と笑って、千堂課長がジョッキを持ち上げた。
「ま、今の彼女と付き合えたから、俺としては結果オーライだけど」
「やっぱり、ノロケられてるとしか思えないんですけど」
「悔しかったら、お前もノロケてみろよ」
挑発的な言葉とは裏腹に、課長はとても穏やかに微笑んだ。
「眉間に皺を寄せて仕事してないで、さ」
モテる理由がよく分かる。課長が堀藤さんを好きだと言い切った時の女性社員のざわつきは半端じゃなかった。その課長に、こんなに幸せそうな表情をさせる恋人が出来たなんて知ったら、女性社員の仕事の効率が八十パーセントは落ちそうだ。
「課長」
「んー」
「悔しくはないですけど、そのうち嫌ってくらいノロケさせてもらいます」
「楽しみにしてるよ」
混み合っているから二時間まで、と言われていたのも忘れて、二時間半、飲み続けた。
久し振りに酔うほど、飲んだ。
課長も酔っていた。
で、口を滑らせた。
「課長の恋人って社内の人ですか?」
「んーーー……」
課長は赤い顔で、頬杖を突きながら頷いた。
「凪さん……」
凪……?
そんな名前の社員、いたか?
頭が上手く働かない。
そもそも、女性社員の下の名前なんて、ほとんど知らない。
月曜日。
課長から渡された書類を見て、一驚した。
『作成者:営業二課課長 冨田凪子』
凪子……。
凪さん――!?
この一週間の気鬱な気分を吹き飛ばす、驚きだった。
お陰で、あきらに連絡する勇気が湧いた。
週末、何時間もスマホを眺めて過ごした。あきらの番号を呼び出してはため息をつき、メッセージ画面を開いてはため息をついていた。
ちゃんと、顔を見て謝ろう。
会いに行く時間を作るためにも、仕事を頑張らなければと、気合を入れた。
そういう時に限ってやたら忙しくて。おまけに大西がインフルでダウンし、毎日終電帰りだった。もちろん、あきらに連絡する暇なんてなくて。疲れとストレスがピークに達しつつあった。
「すみません。高井は少し遅れるそうです」
坂上さんが言った。
彼女と顔を合わせるのは、あきらと喧嘩した日以来。
今日は、彼女が勤めるカフェ『カフェ・リラックス』の経営者、高井亘さんとの打ち合わせに来ていた。カフェ・リラックスは札幌市内に九店舗あり、ス〇バやタ〇ーズ、ド〇ールのような海外のチェーン店が軒を連ねる中、パスタやドリアのメニューや、ブレンドコーヒー二杯目から半額のサービスが人気で波に乗っている。
オーナーの高井さんは確か四十歳くらいだが、とてもそうは見えなくて、アメリカとイタリアへの修行留学の賜物ともいえる日本人離れした紳士的な雰囲気で女性に大人気。
その、カフェ・リラックスの札幌駅前店、大通店のオープン五周年記念のノベルティの企画が、俺の仕事。