友達、時々 他人

 高井さんから指示を受けた坂上さんは、俺に奥の席で待つように言った。俺は言われた通り、一番奥の窓際の席に座った。最近のカフェに多いように、この店でもソファを使用している。俺はずっぽりとソファに尻を沈めた。

「ブラックで良かったですか?」

 坂上さんが白いマグカップを載せたトレイを持って、俺の横に立った。

「ありがとうございます」

 彼女はカップを俺の前に置き、トレイを両手で抱き締めながら、俺の正面に座った。

「あの――っ」

 視線を感じて顔を上げると、カウンターの若い店員二人が、こちらを見ていた。

「私と――っ、付き合ってもらえませんか」

 店員に気を取られているうちに、坂上さんが言った。

「谷さんのこと、ずっと……素敵だなって、思ってて……」



 ずっとって、いつからだろう? 

 

 そんなどうでもいいことを考えた。

 俺がこの店に出入りするようになったのは、たった三か月前だ。



 三か月は、ずっと、か?



「お願いします」

 俯いていても、彼女の顔が赤いのはわかる。

 誰かに好かれるのは、嬉しいことだ。

 それが、たとえ、仕事用の顔だけだったとしても。

「お気持ちは嬉しいですけど、好きな女性がいます」

 俺は彼女が好きになった、仕事用の笑顔で言った。

「……」

「すみません」

「……彼女……じゃないんですよね――?」

 泣きだすかと思ったが、坂上さんは食い下がった。少し潤んだ瞳で、俺を見る。

「――なら、待ちます」



 何を?



「谷さんに、少しでも私を見てもらえるように、努力します」



 そんなん、俺だってしてる。



「だから、好きで、待っていても――」

「俺が好きな人に振られるのを?」

「――え?」

「すみませんが、好きな人の不幸を願うような女性は、俺は絶対に好きになりません」

 こんなにきつく言う必要はなかった。

 わかっている。

 けれど、ムカついた。

 早くあきらに振られろ、早くあきらを諦めろ、って言われているような気になった。



 ぜってぇ、諦めねぇ!



 坂上さんは大粒の涙を流しながらカウンターに駆け込み、同僚に慰められながらスタッフルームへと姿を消した。カウンターに残った女性店員が、親の仇を見るような目で俺を睨みつけた。

 なんとも思わなかった。

 あきら以外の女にどう思われようと、どうでもいい。

 それよりも、早く打ち合わせを済まして、帰りたかった。

 今日は木曜日。

 明日こそ、あきらにメールする。

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