お見合い婚にも初夜は必要ですか?【コミック追加エピソード】
平和に暮らしていた私の心がまったく別方向から揺さぶられたのは、年明けの仕事始めのことだった。

「CMのナレーション、兆徹くんがやるんですか!?」

上ずった声をあげ、隣の席の斉藤さんに詰め寄らんばかりに尋ねる私。斉藤さんは若干気圧されながら笑って答える。

「そうよ。人気の声優さんなんだって? 榊知ってるの?」
「私でも知ってるくらい人気ですよ~」

推しの声優さんですとは言えないので、あくまで一般的な認知度が高いとアピールしておく。テンションも声も弱めて調整調整。
それにしてもすごいことが起こったぞ! まさか自社CMに推しの声優が出ることになるなんて! オタクの夢じゃないですか!

「アフレコ、来週だから。榊も来るんだったよね」
「はい、見学させてもらいます」

びしっと後輩らしく返事をするものの、心の中では喜びの歓声をあげているし、気づけば頬が緩んでしまう。
駄目よ、雫。冷静になって。オタバレはしない、それが私のプライド。
ああ、でも楽しみ過ぎて笑顔が溢れてしまう~。生の兆くんに会えるし、その声を聞けるなんて~!

この嬉しすぎる出来事は、もちろんその日中に高晴さんに報告した。「推しキャラの声優さんと会える」と鼻息の荒い私を、高晴さんは笑顔で見つめ返し言った。

「滅多にない機会じゃないか。よかったね、雫」
「仕事だから、ファンだとか、出演作品の感想を伝えるとかはできないけどね。アフレコを見せてもらえるだけですごく嬉しい!」
「きっと、新しい部署で頑張っている雫への神様からのご褒美だよ」

高晴さん、やっぱり優しい。私の趣味に寛容な高晴さんは、私の喜びもまた全肯定してくれるのだ。
年末の件、やっぱり問いたださなくてよかったなあ。高晴さんはこんなにも優しくて思いやりに溢れているんだもの。あれはきっと事故。私を不快にさせるようなことは何も起こらなかった。そう信じよう。
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