秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
 葬儀のはじまる直前になってやっと帰宅した父が、遅い登場に全身から申し訳なさを醸し出しながら弔問客に挨拶をしていく。その姿を、少し離れたところから冷めた気持ちで見つめた。

千香(ちか)、私の不在をしっかり守ってくれたな」

 すべてを無事に終えて簡単な掃除をしていると、見送りを終えた父が近付いてくる。満足そうに言い放たれたその言葉に対して、軽くうなずき返した。

 私の働きぶりに声をかけたのだろうが、そこに感謝もねぎらいも一言も入ってないとこの人は気がついているだろうか。その態度にやって当然という姿勢を見て取ってしまうのは、私の考えが歪んでいるせいかもしれない。

「悪いが、少し話がしたい。美鈴も梨香もちょっといいか」

 まだ解放してくれないのかとうんざりしたが、あきらめて三人からはわずかに距離を開けて腰を下ろす。

「すまないが、ゆっくりできるのは今夜ぐらいなんだ」

 このタイミングなら、祖母の遺産関係の話だろうか。でも、すでにその大半は生前贈与されている。今さら話し合う内容などないはずだと、さらりと垂れた黒髪を耳にかけながら父の様子をうかがう。

 よほど気疲れしたのか、梨香は不機嫌な表情を隠しもしないでこれ見よがしにため息をついた。だらしなく足を伸ばし、両腕を背後について座る彼女をチラリと見やる。

 セミロングの髪はオレンジがかった茶色に染められて色白の彼女によく似合っているが、喪服を着ている今は違和感が否めない。
 口紅いらずの赤く色づくぽってりとした唇も、黒目がちのぱっちりとした目も妹の私と瓜二つだ。

 けれど、施された装飾と言動が、私たちを全くの別人に見せる。天真爛漫な姉と、真面目一辺倒の妹というように。

 梨香の横にぴったりくっついて座った母が、小さくあくびをこぼした。
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