秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
「お父さん」

 抑揚のない、低く冷たい声が出る。
 私でもこんな声音を出せたのかと、内心驚いた。が、ひどい扱いをされているのだから無理もない。
 自分が感じている以上に、フラストレーションがたまっていたのかもしれない。

「お母さんと姉さんの言う通りにしてください。お父さんもそうしたいんですよね?」

 嫌味に聞こえただろうかとさりげなく三人を見渡したが、期待外れだったようだ。母も梨香も、聞いていたかすら怪しい。

 実の家族でありながら、私からは敬語でしか話せない関係にはもう価値を見出せない。

「千香?」

 らしくない私の様子に、父が少しだけ慌てる。

「どうぞ、家族三人でお好きなようにしてください」

 開き直りや逆切れと言われてもかまわない。もう、我慢の限界だ。

「ちょっと、千香。突然なにを言い出すのよ」

 なぜ梨香が不機嫌になっているのか。私は彼女が望むようにしてあげると言っているのに。

「ち、千香。急にどうした?」

 悔しくて、虚しくて、腹立たしい。そんな複雑な感情に乱されている内心を隠して、平静を装う。

 いくら我慢しても、どんなに尽くしても、この人たちは私を家族の一員として認めはしない。
〝家族三人で〟という言葉をすぐさま否定してくれる人間がこの場にひとりとしていなかった事実に、縋る気持ちは完全に失せた。

「私は私で、自由にさせてもらいますから」

「千香、待ちなさい」

 さっと立ち上がると、引き留める父の声を無視して離れに戻った。
 着替えをすませて必要最低限の荷物をまとめると、後ろを振り返ることなく玄関を出る。
 途端に絡みついてきた真夏の生ぬるい風も、不思議と今だけはすがすがしく感じられた。

 どこか遠くに行ってしまいたいという勢いのまま、駅に向かう。
 衝動的に新幹線に乗り込むと、当てはなかったが、都会に憧れる気持ちのままとりあえず東京へ向かった。
< 7 / 168 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop