見たくないなら、目を瞑ればいい
見たくないなら、目を瞑ればいい

「小泉さんと、お付き合いすることになったの」

 通い慣れたスポーツバーの、いつものカウンター席でそう言うと、秋人は一瞬、少し高圧的な印象を受けるつり目を見開いて、今まで見たことがないような顔をした。困ったような、怒っているような、戸惑っているような、驚いているような、そんな顔だった。

 でもすぐにいつもの顔に戻って、グラスに残ったモスコミュールを飲み干すと「オメーらまだ付き合ってなかったのかよ」と、いつも通り茶化すような口調で言う。

「つーか、なんでわざわざ俺に報告しに来てんだよ。さっさとダーリンの所行けよ、余裕がある大人のふりして恰好付けてるけど、きっと今頃寂しがって泣いてんぞ。エリーエリーってな」
「小泉さんのこと悪く言わないでよ」
「へいへい、そりゃ悪かったな」
 意地悪くがさつに笑って、秋人は大きなテレビ画面に目を向けた。

 どうしてこの男は、何年経ってもこうなのだろう。小泉さんのことも、秋人にだから、いや秋人にだけはちゃんと伝えておきたいと思ったのに。

 中学生の頃に出会って、高校も、大学も、就職先も。相談したわけでもないのにずっと一緒で、十年以上の付き合いになる腐れ縁。わたしの人生において欠かせない、大事な存在だと感じている。いつもわたしに突っかかってくるし、口は悪いし意地悪だけれど、秋人が情に厚いやつだということは知っている。
 卒業式での大号泣や、受験で思うような結果が出なかった同級生たちを不眠不休で励まし続け過労で倒れたことは忘れない。先日共通の友人が結婚の報せを持って来たときには、大喜びで何度も飛び跳ね、着地に失敗して足首を捻挫していた。

 そんな風に、人生の分岐点を大切にして、自分のことでも他人のことでも素直に感情を表現できるやつだ。

 わたしに対しては異様にツンが多くて、口喧嘩ばかりしていたけれど。誘えば必ず来るし、無茶な時間に連絡を寄越すし、なんだかんだ言ってずっと一緒にいたから。今回のことも、茶化しながらも祝福してくれると、思っていたのに。今回ばかりは違うと、願っていたのに……。


 深く息を吐いて顔を上げると、店長と目が合った。三十代半ばだというイケメン店長は苦笑いだった。いつもふたりで来ている、会社近くのスポーツバー。大きな試合がない限り、常連さんたちが何人かいるだけで過ごしやすい。でもその分店長たちには、秋人とわたしの幼稚な口喧嘩やみっともない姿を見せてしまっている。申し訳ない。今日くらい、仲良く飲んで帰りたかった。

「ねえ、他に何か言うことないの?」
「はあ? ねえよ、んなもん。あ、割り勘だからな」

 まあ、秋人とわたしが、ただ仲良く飲んで帰る、なんてできるはずない。この男がわたしに対して異様にツンが多いのは、ずっと昔から解っていたことだった。少しでも期待したわたしが間違っていた。出会ってからずっと、わたしたちは「こう」なのだ。
 それでもわたしは、わたしにだけ向けられた、秋人の心からの笑顔が見たかった。

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