楽園 ~きみのいる場所~

「すみません。あいつの言った通り、若い女性のお客様は珍しいので、興味本位で声をかけたんだと思います。店内ナンパ禁止ってきつく言っておきますので」

「ナンパ……?」

「え?」

 馴染みのない言葉に思わず復唱すると、オーナーさんもまた聞き返した。

 しばらく、互いの顔を見合わせる。

「兄さんこそナンパしてんじゃねーか!」

 先ほどの店員さんの声にハッとする。

「お客様に失礼なこと言うなよ」と、オーナーさんがカウンターを向いて言った。

 それから「すみません」と私に言った。

「ごゆっくりお召し上がりください」

 店員さんが『兄さん』と呼んでいたということは、兄弟なのだろう。

 二人の笑顔はよく似ていた。

 オーナーさんの方は年相応に落ち着いた雰囲気を纏っているものの、イントネーションというか、声もよく似ている。

 私はカフェモカを一口飲んだ。

 三日前に来た時に注文して、甘い香りなのに甘すぎない味が美味しかった。が、今日は心なしか前よりも甘い。

 ここ二日ほど風邪気味だったし、そのせいかと思う。朝食後にもコーヒーを飲んだし、身体がカフェインを摂り過ぎだと言っているのかもしれない。

 けれど、せっかく注文したのだから、残すのは勿体ない。

 私はホットサンドを一口食べて、ゆっくりと噛む。

 パンはカリッとしていて、中からはチーズとベーコンが溢れ出す。

 昨日までの食欲のなさが嘘のように、急にお腹が空きだした。

「すみません」とカウンターに向かって言うと、若い店員さんが笑顔でやってきた。

「お待たせしました」

「グリーンサラダとフライドポテトとオレンジジュースをお願いします」

「あ! だったら、ランチセットにしますね。その方が少しだけど安いんで」

「ありがとうございます」

「AセットとBセットがあるんですけど、どっちにします? Bセットはデザート付きです。どっちも料理とサラダとドリンクのセットなんで、ポテトとカフェモカの分は別料金になっちゃいますけど。あ、今日のセットデザートは――」

 そこまで言って、店員さんがエプロンのポケットからメモを取り出す。

「――シュークリームかカタラーナ!」

 カウンターからオーナーさんの声。

 店員さんはメモをポケットに戻しながら、顔をクシャッとさせて笑った。

「だって」

「だって、じゃない。ちゃんと覚えとけ」

「ははは。で、どうする?」

「カタラーナで」

「じゃあ、Bセットね。少々お待ちくだ――」

「――グリーンサラダとオレンジジュースです」

 店員さんが言い終わる前に、オーナーさんがサラダを持って来た。

「はやっ!」

「ほっといたらお前、注文言いに来ないで口説きそうだったからな。ほら! さっさと戻れ」

「はーい」

 店員さんが口を尖らせて、カウンターに戻って行く。

「すみません、従業員の躾がなってなくて」

「仲がいいんですね」

「全然! 言うことを聞かなくて困ってます」

「自分だって口説いてるじゃん!」と、カウンターに頬杖をついた店員さんがこっちを見て言った。

「おねーさん、兄さんのタイプどストレートだもんな」

「おいっ! 失礼なこと言うな!」

 くくくっと笑いを堪える声がした。

 新聞を読んでいた男性が、こちらを見て目を細めている。
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