楽園 ~きみのいる場所~

「楽しそうな声を聞いたら、俺も腹が減ったな。米の料理をくれ」

「米の料理って……」と、店員さんがカウンターに置かれたメニューを開く。

「ピラフでいいか? じーちゃん」と、オーナーさん。

「おお。任せる」

「おじいさん?」

「ええ、そうなんです。あ、ポテトもすぐにお持ちしますね」と言って、オーナーさんは戻って行った。

 オーナーさんのお祖父さんにしては若いな、と思った。

 冷えたオレンジジュースを口に含む。

「美味しい……」

 さっぱりとしていて、いくらでも飲めそうだ。

 微かに店内に漂う油の香りに、さらに食欲がそそられる。

 悠久と別れてから、食事に関しては無頓着になっていた。

 独りの食事は味気ない。

 こうしてお店で食べても一人なのだけれど、部屋で独りきりなのとは違う。

 このお店の雰囲気や、店員さんの人柄、久し振りに誰かと顔を合わせて会話をしたからかもしれない。

 とても心が軽い。

「お嬢さん、ご一緒してもいいかな?」

 ふっと顔を上げると、男性がすぐそばに立っていた。

「あーっ! じーちゃんまでナンパ!」と、店員さんが指をさして言った。

「綺麗な女性に惹かれるのに、年は関係ないからな」と、男性が笑う。

「あ、どうぞ。座ってください」

 私がそう言うと、男性がゆっくりと正面に腰を下ろした。

「不躾だが、ご結婚は?」

「え? あ、いえ。していません」

「そうか。勿体ないねぇ、美人なのに」

「いえ! 私なんて、そんな……」

「俺があと四十若ければなぁ」

「四十若かったら、ばーちゃん生きてるだろ」

 ため息交じりの声と共に、男性の前にピラフのお皿が置かれる。

 男性は、ハハハッと笑った。

「ばーちゃん、怒って化けて出るぞ」と、店員さんが言った。

「いいね。久し振りに顔が見たいな」と、男性。

「お化けだぞ?」

「それでもいいさ」

 胸の奥がチクンと痛む。

 男性はきっと、亡くなった奥さんをとても愛していたんだと思う。

 お化けだろうが夢だろうが、好きな人の顔が見たい。

 亡くなった後もそんな風に想ってもらえる、どれほど幸せか。

 他人事にも関わらず、目頭が熱くなる。それを誤魔化すように、オレンジジュースをすすった。

「お嬢さん、オレンジジュースは果汁百パーセントのものを飲むといい。もしくは、緑黄色野菜のジュースだな。ビタミンと、それから鉄分だな。女性はいくら摂っても足りないよ」

「え?」

「じーちゃん、医者なんです。産婦人科医」

 その言葉と一緒に、私の前にフライドポテトのお皿が置かれた。

 オーナーさんが店員さんの隣に立っていた。

「肌の調子からして、カフェインは控えた方が良いかな」と、男性が微笑む。

 テーブルの奥には、一口だけ減ったカフェモカ。

 初対面で心配されるほど、肌がボロボロなのだろうか。

 昨日までの体調不良が、肌に表れているのかもしれない。

「気をつけます」

 男性がゆっくりと頷いた。
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