楽園 ~きみのいる場所~
「でしょうね。因みに、撮影は七か月ほど前です」
「なな――」
封筒の中に入っていたのは、六枚の写真と、A4用紙が二枚。
全ての写真には、要が写っている。三枚には萌花も。
腕を組んで歩いていたり、向かい合って食事をしていたり、ホテルの一室に入って行ったり。
どの写真も、誰が見ても仲のいい恋人同士にしか見えない。
萌花と違う女と抱き合っているもの、見るからに怪しげな男と飲んでいるものもある。
A4用紙は、要の行動を文書で報告したもの。
要と萌花の写真は、楽が撮影したものと、調査会社に頼んで入手してもらったマンションの防犯カメラの映像など。他は調査会社の結果報告書に添えられていたもの。
「萌花の腹の子は、要さんの子だ」
「この写真だけでそれを決めつけるのは、浅はかでは――」
「――生まれてしまったら、戸籍上は俺の子になります。たとえ、血が繋がったあなたの孫であっても」
「――!!」
明堂家の女主人らしく、征子さんはどんな時も表情を崩さない。
視線や言葉では感情を隠さないが、眉をひそめて顎に皺を寄せるほどの形相を見たことはない。
いや、一度だけあった。
初めて明堂家に行った日。
母親から明堂剛健を父親だと紹介され、そのまま明堂家に連れて来られた。
父親の妻と二人の息子の前に立たされ、突然養子縁組を告げられた時。
俺は征子さんの般若のごとき形相にゾッとした。
だが、その時限りだ。
俺を見る目に憎悪の炎が見えても、矢のように棘のある言葉を浴びせられても、表情を崩すことはなかった。
その征子さんが、唇を震わせている。
頬も、瞼も。
息子と義理の息子の嫁が寄り添う写真を握り潰し、そのままテーブルに叩きつけた。
さっさと、こうしていれば良かった。
俺の中に征子さんと結託する考えがなかったのは、ちっぽけなプライドから。
だが、それすらも捨ててしまえば、俺の自由は割と簡単に手に入ると気づいたのは、藤ヶ谷さんのお陰かもしれない。
敵の敵は味方……だな。
「央さんが家を出てしまった今、あなたに残されているのは要さんだけだ。萌花の子供が要さんの子だと証明出来れば、会長も要さんを後継者として認めるかもしれません」
「証明……」
「俺は明堂家を出たい。あなたは明堂家を息子に継がせたい。利害は一致しているでしょう?」
俺の言葉に、征子さんは一瞬で表情を戻した。
さすがだ。
何事もなかったかのように、テーブルの上の写真と書類を封筒に戻し、それを手に立ち上がった。
「明日、連絡します」
「お待ちしています」
一人になった部屋で、俺は一杯だけビールを飲んだ。
楽を失って以来、初めて美味いと感じた。