楽園 ~きみのいる場所~
『遠くに……行こうか、楽』
四か月前、この場所で言った言葉を思い出す。
『独りは地獄だ』
あの時の俺に言ってやりたい。
本当の地獄はこんなもんじゃない――!
『きみが一緒なら、地獄でさえも楽園だから――』
俺は楽という楽園に逃げた。
そして、連れ戻された俺は、楽を地獄に道連れにしようとした。
地獄は……自業自得か。
フッと自分自身を鼻で笑う。
愛人という名で、楽を地獄に閉じ込めようとした。
明堂家という地獄に。
楽を愛しているなら、解放するべきだった。
それが出来ないのなら、俺自身も地獄から這い出るべく、もっと藻掻くべきだった。
藤ヶ谷さんに気づかされるなんて……な。
どこまでも間抜けな自分が、情けない。
だが、どんなに自己嫌悪に耽っても、楽は取り戻せない。
今日は、逃げない!!
「遅れてごめんなさいね」
尾骶骨から項にかけて、悪寒が走る。
俺は腹に力を入れて、大きく息を吸い込んだ。
「いえ。お呼び立てしてすみません」
襟を正しながら、立ち上がる。
和服の待ち人の為に椅子を引いた。
俺の行動に思うことがあるはずなのに、顔色どころか眉をピクリとも動かさずに微笑む冷え切った鉄の心には、感服だ。
当然のように椅子の前に立ち、腰を下ろす。
膝に椅子を差し込む瞬間、無防備な項に噛みついてやろうかと思った。
噛みついて、白い皮膚を食い千切り、赤い血が流れているのか確かめてやろうと。
そんな妄想をしてしまうほど憎い女。
明堂征子。
まさに親の仇そのものの彼女を、今夜攻略する。
俺はゆったりとした動きで、彼女の正面に移動した。
余裕のなさに気づかれないように、背筋を伸ばし、わずかに口角を上げる。
「飲み物はワインにしますか?」
征子さんは大のワイン好き。
和服でワイングラスを傾ける姿は、どこぞの姐さんかと見間違うほどの貫禄。
あの明堂剛健の妻だから、当然か。
「ワインを飲むかはお話を伺ってからにしましょう」
「……わかりました」
乾杯などする気分じゃないのはお互い様だ。
俺は隣の椅子の上のバッグから茶封筒を取り出し、征子さんの目の前に置いた。
「ご覧ください」
征子さんが封筒を手に取り、中を覗く。そして、テーブルの上で封筒を逆さにした。
勢いよく中身が落下し、テーブルの上に広がる。
「これは……?」と、征子さんは目の前に滑ってきた中身の一枚に視線を落とした。
「見ての通り、要さんです」
「そんなことは見ればわかります」