楽園 ~きみのいる場所~
どんなに考えても、私と悠久の名前で思いつく名前はこの一つだけだった。
私の漢字が一文字だから、仕方がないのかもしれないけれど。
「二人目……の心配なんて、おかしいかな……」
目尻から涙が零れ、悠久の肩を濡らす。
このまま悠久が目覚めなければ、二人目どころかお腹の子供すら抱いて貰えない。
それでも、それを認めたくない。
ボコンッといつもより強くお腹を蹴られて、私は体を起こす。
「ごめんね、苦しかったね」
両掌でお腹を撫でる。
それでも、何度も蹴られて、痛いくらい。
「どうしたの?」
何かを訴えるかのように、何度も蹴られる。
「名前、気に入らない?」と笑う。
「どうしよう、悠久。他に思いつかないよ」
私は眠る悠久の手を握り、その手を大きく膨らんだお腹に当てた。
「すごく元気な子だから、もっと強そうな名前がいいのかなぁ」
ボンッとお腹を蹴られる。
「困ったなぁ……」
ふっと、央さんとみちるさんが双子ちゃんの名前を考えていた時の様子を思い出す。
それから、狭いアパートで漢字を連ねたノートを前に、一人で悩む自分の姿。
寂しい。
考えないようにしていたのに、一度認めてしまったら、苦しくて堪らない。
「悠久も一緒に考えてよ……」
涙が滝のように頬を流れ、顎を落ち、悠久の手を濡らす。
静かな病室に、私の嗚咽が響く。
こんな風に泣いては、お腹の子供が苦しくなるとわかっているのに、止められない。
「怖いよ、悠久……」
一度はひとりで産んで育てようと決めたのに、こうして悠久を前にしたら、その決意なんて簡単に崩れてしまう。
私の不安が伝わってしまったのか、子供がお腹の中で動き出す。とはいっても、窮屈で動きづらいのだろう。もぞもぞするだけで、一か月ほど前のようなでんぐり返しをするような大きな動きはない。
「ごめんね、大丈夫だよ」
お腹をトントンと叩かれ、返事のようだと思った。
「大丈夫……」
呪文のように繰り返す。
トントン、とまた返事。
「慰めてくれるの? ありがとう」
トントン。
あまりのタイミングの良さに、涙を拭って目を見開く。
お腹に添えた悠久の手が、指の関節が、動いた気がした。
「え――」
顔を上げる。
「はる――――」
しっかりと閉じているはずの瞼が、開いている。ように見える。
自分の目が信じられない。
自分の願望が幻覚を見せているのかもしれない。
「悠久……?」
瞼が閉じ、ゆっくりと開く。
指が、私のお腹を突く。
真っ直ぐに天井を見つめている悠久の目に、涙が光る。
レースのカーテンが風になびく。
日差しがベッドを照らすと、眩しいのか彼の瞼がギュッと閉じた。
動けなかった。
時間が止まったように、体が動かない。
私はただ、悠久の瞳一点を見つめていた。