楽園 ~きみのいる場所~



「楽さん、こんなところにいていいの?」

 昌臣くんが目を丸くした。

「悪かったな、こんなところ、で」と、昌幸さんが弟の頭を小突く。

「いいの。待ち合わせしてるから」

「待ち合わせ?」

「うん」

 私は大きなお腹を両手で抱えて、一番奥の席に座った。

 ふぅ、と息を吐く。

「何にする? ベリーソーダがお勧めだよ」

「美味しそう」

 昌幸さんが微笑んで、カウンターに戻って行く。

「珍しいね、楽さん」と、昌臣くんが言った。

「真っ白のワンピースなんて」

「うん」

 白いシャツを着ることはあるけれど、白いスカートは穿いたことがない。お腹が大きくなってから着ていたワンピースも、グレーや黒ばかりだった。

「今日は特別なの」

「特別?」

「うん、特別」

 昌臣くんはなにが特別なのかわからず、首を傾げた。そして、それを聞こうとしたところで、お店のドアが開いた。

 カランカラン、とアンティークのドアベルが鳴る。

 私はこの音が、好きだ。

「いらっしゃいませ!」

 昌臣くんが元気いっぱいに挨拶をする。

 入って来たのは、黒のスーツを着た男性。手には大きな花束。

「お好きなお席に――」

 案内しようと近づいた昌臣くんが、ハッとして私を振り返る。

「――待ち合わせ?」

「うん」

 男性は真っ直ぐ私の前に立つ。

 そして、ゆっくりと床に片膝をつき、胸の前で花束を私に向けた。

 何十本ものピンクのバラの花束。

 店には、昌幸さんと昌臣くん、おじいさんがいて、私たちを見ている。

「遅くなってごめんな?」

 少し困ったように言われて、私は首を振った。



「俺と結婚してください」



 大好きで心地良い声が、少し震えていた。



「間宮楽になって欲しい」



 嬉しくて溢れる涙が、淡いピンクの花びらを少しだけ色濃くする。



「はい」



 私は声を振り絞った。



「間宮楽になりたい」



 答えなんてわかりきっていたはずなのに、悠久がホッとしたように肩を落とす。

 私もまた、初めてのプロポーズでもないのに緊張し、嬉しくて、涙が止まらない。

 静まり返った店内に、パチパチパチと拍手が響く。

「おめでとう、楽さん」

「おめでとう!」

 昌幸さんと昌臣くん、おじいさんが笑って拍手をくれる。

 悠久は花束をテーブルに置くと、ジャケットのポケットから紺色の箱を取り出した。

 そして、蓋を押し開ける。

 二つ並んだ指輪はとてもシンプルで、石などはない。緩くV字にカーブしているだけ。

 小さい方を親指と人差し指でつまんで持ち、反対の手で私の左手を持つ。

 そして、左手の薬指に指輪を通す。

 ちょうど一年前も、こうして指輪をはめてくれた。

 あの時は、この一年でこんなに様々のことが起こるとは思っていなかった。

 ただ、一緒にいたいと願っていた。

 妊娠中で浮腫んでいるから出産後にしようと言ったけれど、悠久はどうしても今日、指輪を贈りたいと言って譲らなかった。

 指輪がはまった薬指に口づけられ、今更ながら恥ずかしくなる。

 次に私が悠久に指輪を通す。

 お揃いの指輪が、くすぐったい。

 同じことを思ったのか、悠久の口元も緩んでいた。
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