楽園 ~きみのいる場所~
「楽?」
「ん?」
「楽に久しいで、楽久」
「楽久?」
「うん。男の子だったら楽久にしよう。女の子だったら悠楽」
驚いた。
悠久が目覚めてから今日までの二週間。
私は子供の名前のことは話さなかった。
二か月間も眠っていた悠久は、検査はもちろん、体力回復のためのリハビリなんかに忙しかったから。
それに、こうして目覚めてくれたのだから、子供が生まれてから考えてもいいだろうと思ったのだ。
「聞こえてたよ、楽の声」
「はる……」
「ありがとう、楽。ずっと待っていてくれて」
私は小さく首を振った。
悠久はふっと微笑む。
「これからはずっと一緒だ」
「うん!」
悠久が僅かに膝を浮かし、顔を近づける。
私もまた、少し前のめりになって目を閉じた。
ちゅっと唇が触れる。
「愛してるよ、楽」
「私も――」
その先の言葉は、悠久の口の中に飲み込まれた。
「あーもーっ!」
昌臣くんの声にハッとして、顔を上げる。
すっかり二人の世界に入り込んでいて、三人の視線を忘れていた。
「俺も彼女欲しい!」
「お前、空気読めよ」と昌幸さん。
おじいさんが、はははと笑う。
「さ、婚姻届を出しに行くんだろう? お祝いのご馳走を用意しておくから、早く行っておいで」
「え? あ、そんな――」
「――ご馳走って? 兄さんが作んの?」
申し訳ないと遠慮しようとしたら、昌臣くんが聞いた。
「いや、手配済み。俺が作るより美味いもん用意しておくから、行っておいで」
三人に見送られて区役所に行き、私たちは夫婦になった。
悠久は東京を出る前に明堂から籍を抜き、間宮の戸籍を作っていた。
お義父さまは「好きにしろ」とだけ言ったらしい。
央さんも「名字が違っても家族には変わりない」と言ってくれたそう。
「新居の方はどうだ? ごめんな? 全部任せちゃって」
帰り道、悠久が言った。
手を繋いで、ゆっくりと歩いていると、後ろから次々と追い越されて行く。
体力が落ちてしまった悠久は、必死のリハビリで杖がなくても歩けるようになったが、歩調は臨月の私と同じペースがやっと。
若いし、すぐに元通りに動けるようになるだろうと言われているけれど。
「ううん? 央さんがお任せパックを手配してくれたから、私は何もしてないよ?」
「そっか」
「足りないものは、ゆっくり揃えていこう?」
「ああ」
悠久が目覚めた直後、央さんの提案でみちるさんと同じマンションで暮らすことになった。
今夜から、悠久もそのマンションに帰る。
「幸せになろうな」
悠久が言った。
見上げると、彼は雲一つない青空に目を細めていた。
「もう、幸せだよ」
「こんなもんじゃないよ」
「そうなの?」
「ああ。全然足りない」
「そっか」
「そうだよ」
「……そうだね」
私は夫の腕に身体を寄せた。
「なあ、楽」
「ん?」
「いい天気だな」
「うん」
青空の下、愛する人と並んで歩く。
それだけで、涙が出るほど幸せだった。