楽園 ~きみのいる場所~
自分で言うのもなんだが、割と積極的に子育てをしている。授乳以外の、おむつ替えも着替えも、お風呂も寝かしつけもマスターした。
俺は今、札幌の自宅にいながら兄さんの手伝いをしている。主に、広報活動。
株価暴落の後、一部の事業を縮小し、広報部はその対象となった。
その為、元広報部長の俺が外注扱いで広報活動を担っている。
ホームページの更新、CMやキャンペーンの企画なんか。
だから、仕事中でも楽久が泣けばあやすし、買い物にも行く。
俺が出来ないのは授乳だけと言える、はず。
それなのに、楽久の一番は楽から揺らがない。
「裏切者」
大人気なく、妻の膝の上に抱かれる我が子に呟く。
「同感だ」
視線とは反対方向から声がして首を回すと、兄さんが横目で俺を見ていた。
「この場合、一人は俺が抱くもんじゃないか?」
確かに。
みちるさんの膝の上には二人。
「これじゃあ、俺が育児に協力的でないようではないか」
眼鏡のブリッジを指で押し上げ、言った。
「おいでって言ってみれば?」と、望みが薄いと知っていながら言った。
「泣かれたくない」と、兄さんが呟く。
週末しか顔を見ない父親は、双子にとって人見知りの対象らしい。
毎週、泣かれると聞いた。
泣かれないだけマシか……。
父親の立場を考えさせられる結婚式だった。
式の帰りのタクシーの中で、朝から興奮気味だった楽久はすっかり熟睡していた。
タクシーから降ろしても、ベッドに寝かせても、起きない。
「今のうちに着替えちゃお」
寝室のチェストから着替えを出す楽を、背後から抱き締めた。
「どうしたの?」
「髪、解いていい?」
楽は気づくだろうか。
うなじにチュッとキスをする。
「悠久?」
楽久が生まれてから、まだ身体を重ねていない。
だいぶん長く眠ってくれるようにはなったが、まだ夜中に楽久が目を覚ますことがあるし、そういう時に楽は楽久を腕に抱きながら授乳をして、そのまま眠ってしまう。
タイミングが掴めないまま、俺は父親に徹してきた。
が!
ドレスアップした姿を見てから、我慢の限界を感じていた。
「綺麗だよ、楽」
耳朶を食みながら囁く。
「はる――」
「――この髪も可愛いけど……解きたい」
うなじに指を這わせると、彼女が僅かに背を仰け反らせ、首を竦める。
「悠久って……、髪フェチなの?」
「え?」
思いがけない問いに、彼女を抱く腕を緩める。すると、楽は体の向きを変えて俺を見た。
「昔も、髪を解きたいって言ったよね?」
「憶えてた?」
「うん」
「フェチ……とは違うかな。楽はいつもきちんと髪を結んでたから、解いた姿を見たいって思った。きっと他の誰も見たことのない、姿だろう?」
楽久が目を覚まさないようにと、彼女の耳元に唇を寄せ、小声で言う。
「俺が解いた髪がベッドの上で乱れるのが見たい」
「……っ! 高校生がそんなこと――っ!?」
慌ててキスで唇を塞ぐ。
性急に舌をねじ込み、彼女のそれを絡めとる。
そうしながら、彼女の後頭部に腕を回し、手探りでピンを抜いていく。
「ダメって言っても解くけど」
キスの合間にそう言うと、楽がくすっと笑った。
「いつか、って言ったの、十五年も経っちゃったね」
そこまで憶えていてくれたことに、少し驚いた。
「楽久が起きないうちに、リビングに連れてって」
楽が甘く囁く。
俺は彼女を抱き上げ、頬にキスをした。
「十五年前も今も、愛してるよ」
「うーーー……」
楽久の呻きに、思わず顔を見合わせて息を止める。
楽久は眠ったまま。
俺たちは笑い合って、静かに部屋を出た。
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