楽園 ~きみのいる場所~

「高校の時、好きな子がいたんだ。楽みたいに、いつも髪をひとつに結んで、誰もやりたがらないクラス委員を自分から引き受けるような真面目な子。二年の夏休み明けくらいに転校してきて、すっごい頭が良くてさ。三年になった時、一緒にクラス委員になったんだ。それまではそんなに気にしてなかったんだけど、その子の伸びた首筋とか背筋とか、真剣な表情とか、横で見てたら目が離せなくなって……」

 当時の自分の感情は覚えている。

 けれど、もう、十五年も前のこと。

 彼女の姿は、微かにしか思い出せない。

「ごめん。なに、言ってんだろうな」

「ううん。聞きたい」

「え?」

「聞かせて」

 自分で始めた話だが、今、好きな女の前で昔好きだった女の話をするのは無神経だなと思った。今更だが。

 同時に、俺の昔の恋愛話を聞きたいという楽が、俺をさほど意識していないのではと思うと、凹んだ。少なからず俺に好意があれば、聞きたいとは思わないだろう。

「……夏休みの一か月くらい前に、付き合い始めたんだ。つっても、お互いに母子家庭で、彼女は働いてる母親の代わりに家事とかしてて、デートとかは出来なかったんだけど。学校から一緒に帰って、彼女の手作り料理をつまみ食いしたりして。この家にも、一度だけ来たことがあったかな。ばあちゃんと母さんが気に入って、俺そっちのけで仲良くなって。また遊びに来てね、って言われてたのに、それっきり来なかった」

「どう……して?」

「その三日後から学校を休んで、そのまま連絡が取れなくなった。携帯なんて持ってなくて、家まで行ったけど誰もいなくて。で、夏休み明けに担任が、彼女は転校したって言ったんだ」

 あの夏休みが最悪だったことはよく覚えている。

 毎朝彼女の家に行き、その足で学校の夏期講習に参加して、帰りにまた彼女の家に行く。長くて苦しい、夏休みだった。

 担任から転校を聞かされた時には、目の前が真っ暗になった。

「家庭の事情、って言われたらどうしようもないけど、それでも、あんなに急にいなくなるなんて……信じられなくてさ。ホント……」

「ひどい彼女だね」

「え?」

「どんなに急でも、電話くらいできた……はずだよ」

 なぜか、楽がひどく悲しそうに言った。眉根を寄せて、涙を堪えているようにも見える。

 俺の心情を思ってのことかもしれない。

「電話も出来ないくらい、なにか事情があったんだと思う。アパートの隣の人も、いつ引っ越したかわからないって言ってたし。よっぽどのことがあったんだと思う」

「許せたの?」

「許すとか……考えたこともなかったな。どっちかって言うと、俺こそ謝りたかったし」

「なにを?」

「……俺と付き合ったせいで、女子たちに嫌がらせされてたって、知らなかったんだ。彼女がいなくなった後で知ってさ。それが原因で転校したわけじゃないにしても、嫌な思いをさせたこと、謝りたかった。気づけなかったことも……」
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