楽園 ~きみのいる場所~

「でも、じゃあ、なにが心配?」

「……眠れないんです。一人じゃ」

「隣に誰かいないと眠れないってこと?」

「隣じゃなくても、誰かの息遣いが感じられたら……」

 長らく旦那さんと一緒に寝ていたから、一人では心細いとか、そういうことだろうか。

 だが、それくらいのことで、自分に好意を寄せている男のベッドに入ろうとするか。

「私、ずっと祖母と同じ部屋で寝ていたんです。夜中に発作を起こされることがあって、心配だったので。だから、無意識に夜中に目が覚めて、安定した息遣いを確認するのが癖のようになっていて……」

 なるほど。

 習慣病のようなものか。

 納得は出来たが、どうしたものか。

 彼女の隣では、俺の方が眠れなくなるのは必至。

「それで、ソファで寝てたの?」

「はい。息遣いじゃなくても、誰かの気配を感じられたら……眠れたので」

 俺を心配してのことだと思った自分が、恥ずかしくなった。

 俺は、楽が締めたキャップを外し、水を飲み干した。そして、ペットボトルはそのままにして、立ち上がった。

「おいで。一緒に寝よう」

 俺のベッドはセミダブル。

 抱き合って眠るならまだしも、身体が触れ合わない距離で眠るには狭い。

 それは楽にもわかったようで、躊躇いが見えた。

「冗談だよ」

「え?」

「何もしない」

「……」

「デキないのに触れるの、自分の首を絞めるだけだし」

「……」

「おいで。話をしよう」

 先にベッドに入り、左手を差し出した。楽は恐る恐るその手を取る。俺たちは、触れ合わないギリギリの距離で、向かい合って横になった。

 墓参りの時の、車の座席より僅かに近い。

 いつも頭の真ん中ら辺できつく結んでいる髪は、うなじら辺で緩く結ばれていた。

「俺の話をする? それとも、きみの話をする?」

「え――?」

「萌花とは、義母姉妹なんだってね」

「……はい」

「敬語、なかなか取れないね」

「すみません……」と、楽が申し訳なさそうに視線を落とす。

 二人の肩に掛けられた布団の隙間のせいで、布団の中でも温かみが感じられない。

「毛布を間に置こうか。そしたら、寒くないし、楽も安心でしょ」

 楽が掛け布団の上に載せた毛布を布団の中に引き込む。毛布に救われたのは俺の方。

 ずっと横を向いているのは身体が辛く、毛布に体を預けると楽になった。

「似てないはずだよね」

「……そうですね」

「萌花のお母さんて、すっごい派手だよね。元は会社のモデルだっていうから、納得だけど。何回かしか会ったことないけど、萌花そっくりだよね」

「そうですね。二人ともすごく綺麗で、なんか――」

「――目が痛いよね」

「え?」

「着てるものも化粧も派手だから、目がチカチカするんだよね。髪もゆるフワ? はいいけど、なんかこう……たまにわしゃわしゃってしたくなるし」と言いながら、毛布の上で指を曲げてわしゃわしゃを表現する。

 楽が手で口を押えながら、フフッと笑った。

 胸の奥がじんわりと温かくなる。
< 39 / 167 >

この作品をシェア

pagetop