楽園 ~きみのいる場所~

 興奮、困惑、欲望、躊躇、希望。

 どの感情が一番かはわからないけれど、ダメだと知るなら早い方がいいのは確かだ。



 楽を諦めるのも、早ければ傷は浅いしな……。



「リハビリ、か」

 明日の朝には、病院を検索しているかもしれない。

 そう、思った。

 楽がきょろっと周囲を見て、ベッド横のローチェストからタオルを取り出した。たまにリハビリで使っている、幅の狭いスポーツタオル。それを、俺に向かって広げた。

「なに?」

「目隠し」

「……そういうの、好きなの?」

「え!? ちがっ――!」

 楽は、恥ずかしそうにタオルで自分の顔を隠す。

「これはっ、見えない方が集中できるし、敏感になるって……聞いたからっ――」

「――誰に?」

 さっきも言った。

『男がデキない原因は、精神的な理由が多いって聞いた』と。

「カウンセラーの方に……」

「カウンセラー?」

「前に……お話を聞く機会があって……」

 男の不能について、カウンセラーの話を聞く機会なんて、あるだろうか。



 いや、自分の悩みから、そういう話になったってこともあるか?



「と、とにかくっ! これ!」と、楽がタオルを差し出す。

「見られるのは、私も恥ずかしいのでっ」

「そう言われると、何されるのか見てたくなるんだけど」

「ダメです!」

 楽がシようとしていることは、恐らく俺が思うことと同じだろう。男としては、勃つ勃たないに関係なく、嬉しいし是非お願いしたいところだが、相手が楽ということに、背徳感を覚える。

 彼女を生身の女として好きなのは事実だが、ここまで尽くしてくれる優しさには、どこか幻想的な、聖母マリアか天使かと思えてしまう。

 俗物的な欲望の対象にしては罰が当たるとでも言うか。



 結婚も離婚もした女にしてみれば、迷惑だろうけど。



 俺は彼女の手からタオルを受け取ると、掛け布団の上に放り投げた。

「今夜はいいよ」

「えっ?」

「その代わり、毛布取っていい?」

 順序が、なんて真っ当なことを言うつもりはないが、抱き合ったことすらないのに、目隠ししてナニをしてもらうのは、さすがに色々すっ飛ばし過ぎだと思う。

「きみを抱き締めて眠りたい」

 正直な気持ちだった。

 楽は、二人の間に置かれた毛布を引っ張り出すと、広げて掛け布団の上に載せた。

 俺は身体を捩って体勢を整え、左腕を枕と平行に伸ばした。

 楽は躊躇いがちに布団に横になり、俺の腕に頭をのせた。

 伸ばしていた腕を曲げて彼女の肩を抱き、右手は彼女の腰に回した。

「明日の朝は、二人で寝坊しよう」
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