楽園 ~きみのいる場所~

「誰であっても驚かないよ。パーティーで知り合った高校生でも、父親と同じ年くらいのじじいでも、精子バンクでも。偏見でなく、萌花の周りには金があって、だから何をしても許されると思っている人間は多い。俺の父親も楽の父親も、平気で妻を裏切って子供さえ捨てる人間だ。それは、男に限らない。萌花の母親は楽の母親から父親を奪ったし、俺の母親は奪えなかったにしても妻子ある男の子供を産んだ」

「お母様のこと、そんな風に――」

「――事実だろ? 母親のことは好きだったし、育ててくれて感謝もしてる。だけど、既婚者である男の子供を産んだことについては、軽蔑もしてる」

 正直な気持ちだった。

 誰にも言ったことはなかったけれど、ずっと思っていた。

 なぜ、母親はあんな男の子供を産んだのか。

 父親の正体を知ってすぐは、母親は父親に弄ばれたのではないかと考えたりもした。どうしても、二人が道ならぬ愛で結ばれたようには思えなくて。

 けれど、明堂家に引き取られ、継母である征子(まさこ)さんから「お前の母親は金目当てに夫を誘惑した」と聞かされて、そんな気もした。

 母さんは小さな食堂で働いていた。

 当時はよく考えもしなかったけれど、いくら実家住まいでも、俺を育てるのに十分な給料ではなかったはずだ。

 高校までならともかく、俺を大学に通わせ、車椅子生活となったばあちゃんのために家をリフォームできるほどの収入なんて、普通のサラリーマンだって貰えるかどうか。

 だから、父親から俺の養育費を貰っているのだとわかった時、納得できた。

 金目当てに俺を産んだのか、俺を産んだから金を貰えたのかは知らないけれど。

「じゃあ――」と言って、楽がベッドを降り、ジャケットを手に取った。

 クローゼットの扉を開く。

「――もしも私が妊娠したら、軽蔑するの?」

「え?」

「もしも、悠久の身体が、その……デキるようになって私が妊娠したら、私も既婚者の男の子供を産む女、だよ?」

 ジャケットをハンガーに掛ける楽の背中が泣いているように見えて、ハッとした。

 ベッドから飛び降り、彼女の背中を抱き締める。

「ちがっ――! 軽蔑なんてしない! するわけないだろっ!? 俺たちは……、その、ちゃんと想い合ってて、離婚……はまだだけど、いずれはちゃんと……。――ってか! ごめん! 今のは、ちょっと感傷的に……なっただけで、ホントにごめん!!」

 俺の腕の中で楽が身体を反転させた。

「私こそ、ごめんね? 責めたいわけじゃないの。ただ……、お母様にも事情があったと思うの。だから、軽蔑なんて……。悠久だけは、そんな風に思わないで欲しい」

『けど――』と言いかけて、飲み込んだ。

 ここで、楽と結論の出ない言い争いをする必要も意味もない。

 どんな事情があったにしても、もうわからない。

 父親から聞かされることを信じるつもりもない。

「うん」とだけ、答えた。
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