楽園 ~きみのいる場所~

「あの、本当はこんなことを言いたかったんじゃないの。その……、萌花の子供の父親……を知ってるかもしれなくて」

「え?」

「わからない。違うかもしれない。だけど、前に萌花が男の人とホテルにいるのを見ちゃって。だから――」

「――誰!?」

 自分でも思った以上の大声が出て、楽が肩を震わせた。

「あ、ごめん! びっくりして……」

「ううん。けど、その人かどうかは――」

「――わかってる。決めつけたりしないから、教えて?」

「……」

 楽が小さく口を開け、すぐに閉じた。異常に瞬きの回数が多くて、泣きそうにも見える。

「楽? わかってると思うけど、俺は萌花の相手が誰だろうとどうでもいい。ただ、俺が子供の父親ではない証明に役立つんじゃないかと思って聞いてるだけ」

「うん……」

「それに、楽が一人で抱えて苦しむの、嫌だ」

「……悠久のお兄さん」

「え?」

「二番目のお兄さん……だと思う」

「要?」

 楽が頷く。

 要は俺より三歳年上で、派手な外見と女遊びが有名。常務の立場にあるけれど、名ばかり。長男で社長の(ひさし)とは全てにおいて正反対。

「そうだ……」

 楽が呟き、俺の腕からすり抜けて部屋を出て行く。が、すぐにスマホを手に戻って来た。

「これ……」

 差し出されたスマホには、親し気に肩を寄せ合う男女の写真。

 間違いなく、要と萌花だ。

「こんなの、いつ……」

「前に、弁護士さんが来るからって私が外出した時があったでしょう? あの時、私、萌花に会いに行ったの。そしたら、マンションいから二人が出てきて」

「尾行したの!?」

 まさか楽が、と驚いた。

 楽は気まずそうに頷く。

「あ、それで、チーズケーキ」

 思い出した。

 あの日、楽は有名なホテルのチーズケーキを買って帰って来た。それで、俺は、楽がそのホテルで元夫と一緒だったのではと勘ぐった。

「チェックインの時、悠久のお兄さん、悠久の名前を名乗ってた」

「マジ……か」

 俺は画面の中の二人の横顔から目が離せなかった。

 昼間っから堂々と、ホテルで不倫とは。

 秘密にする気もなさそうだから、密会ですらない。

「これ、じゃ、離婚できない?」

「どう……かな。萌花の浮気は証明できるだろうけど、子供の父親かどうかは……」

「そ……っか」

「萌花の浮気の証拠なら、俺も掴んでるんだ。ただ、それは、調停では重要視されないんだ」

「そうなの?」

「ああ。俺も弁護士に教えてもらったんだけど、調停ってのはあくまでも話し合って円満に夫婦関係を修復するか、離婚するか、その場合の条件なんかを決定する場だから、浮気の証拠を突きつけて離婚に同意させるようなことはないらしい。それをするのは、裁判だって」

「私もネットで少し調べてみたの。このまま萌花が調停を無視し続けるか、出席しても浮気を否定し続けたら裁判になるんだよね?」

「らしい。浮気の証拠があっても、二度としないから離婚だけはしないでくれ、みたいに拒否されたら、調停では離婚の命令は出せないって」

 はぁー、っと大きなため息をつき、俺はベッドに身体を投げ出した。

「しかも、浮気って離婚事由としてはあんまり重大じゃないらしくてさ。継続的な不倫、なら別だけど」

「浮気と不倫の違い?」

「そ。俺としては同じだと思うんだけど」

 スマホを置き、楽もベッドに寝そべる。俺にぴったりと寄り添うように。

 腕を伸ばすと、楽は頭を載せた。

「子供……か」

 それ以上、俺も楽もその話題には触れなかった。
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