三羽雀

見るべからざる景色

 夏も暮れに近づいたある夜、幸枝は久しぶりに浅草を訪れていた。
 女学生時代から熱心に通っていたこの街も、この数ヶ月─南方での戦争が始まってから─は仕事が忙しくなったことや家のこともあり足が遠のいていた。
 最後にこの街に足を踏み入れたのは兄のお遣いで陸軍経理学校へ行った日で、大通りへ来たのも同じ日に常連だったレヴュー劇団を訪ねて以来である。
 (数年前に比べると、ひどく寂れたものね)
 劇場では相次いでスターの退いた劇団も多く、映画館では映画の上映数が限られ、空元気に包まれた大通りには隠しきれない徒労が見え隠れしていた。
 毎日のように威勢良く団子を売っていた和菓子屋の主人の声も耳に入らないどころか、その店舗さえ跡形もなく消えている。
 (お店を畳んでしまったのかしら)
 和菓子屋のもとあった場所には鼠色の天幕の張られた小屋があり、その中からは何やら賑やかな声が聞こえてくる。
 「酒だ、もっと酒をくれ!」
 「おお……揃った!これで三連勝だ!」
 闇夜の中で繰り広げられているのは博打らしい。幕の隙間から漏れる光は、時折小屋の中を移動する人の影で見えなくなる。
 喧騒を抜けて大通りの奥の喫茶店へ行くことにした幸枝であったが、灯りの点いていない窓を見て気がついた。
 (今日は定休日だったわね……)
 あまりにこの場所を訪れていなかったために店の定休日さえも忘れていたが、こうなるといよいよすることは無くなった。
 (レビューも、映画も面白くないのよね。外国の映画はとうに上映されていないし……帰るほかないわ)
 幸枝はもと来た道を折り返した。
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