三羽雀
 早足で駆け(あが)った丘には、既に多くの人が集まっていた。高辻家と同じく火災から逃れてきた人達である。
 丘から見下ろした山の手は、ある日の下町のように火の海と化して(たぎ)るように燃えていた。
 病院も薬局も、家も、当然全てが燃え尽きている。
 数名の入院患者や宿直の看護婦らの居る病院を顧みず逃げてきたことは兄弟にとっては大変気がかりなことであったが、やはり何よりも大切なのは自らの命である。
 医師である自分が死んでしまっては、救える人も救えないのだ。
 この頃には多くの人がこの国は戦争に勝てないのだろうと考えていたが、夏にかけて東京はおろか本土のほぼ全てが焼き尽くされ、宮城(きゅうじょう)にも爆撃があり、広島と長崎には新型爆弾が落とされ、北の大国が南下し、遂に真夏の、それも八月の真中(まなか)の日の正午、戦争は終わった。
ああ終わったのか、終わった、終わった──少なくとも高辻家の男達と志津はそう思っていた。
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