三羽雀

三つの回想談

 「三月か四月の辺りだったかしらね、遺書が届いたのは。表に私の名前が書いてあるのよ、ああ、清士兄さんの字だと思って、受け取った途端急いで自分の部屋に上がって読んだの。そうしたらね、奇妙なことが書いてあるのよ。僕はきっと戦争が終わる前に死ぬから、春子ちゃんを不仕合(ふしあわ)せにする、君は僕の身の上を心配して結婚を申し出てくれたのかもしれないが、君には僕なんかよりずっと良い人が居るよって。冷酷な扱いをして悪かったとも書いてあったけれど……それを読んだ時は、どうしてあの人はそんなに悲観していたのかとか、やっぱり私が結婚していれば清士兄さんは死なずに済んだんじゃないかとか、色々と込み上げてきてしまって、気がついたらわんわん泣いて、遺書もぐしゃぐしゃよ。きっと死ぬだなんて、分かりもしないことを書いてと思ったけれど、現に清士兄さんが居ない今、あの人はこうなることを予見していたのかも……だなんて思ってしまうのよ」
 幸枝は春子が清士から冷たい扱いを受けたことには心当たりがあったが、知らぬが仏だろうと言わないつもりでいる。
 「実際……もし清士兄さんと結婚していたら、今の私は未亡人だものね。私は結婚することで清士兄さんを救おうと思っていたけれど、かえって私のほうが清士兄さんに救われたのかもしれないわ。しかも結婚しないことでね」
 志津はすとんと落ちた春子の肩に手をあてる。
 「彼は思いやりのある人よ、私もほんの小さなことだけれど助けてもらったもの」
 「あら、そうなんです?高辻さんのお話も聞かせてくださいよ」
 春子の表情に(かす)かな光が浮かぶ。
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