天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「赤くなってる……。少し服を緩められますか」
「え……」
 優弦さんは氷の入った袋を私から奪い取り、患部に当てた。
 両手が自由になった私は、彼の真剣な瞳に気圧され仕方なく、諦めたように着物を緩める。
 まじまじと顔を見たのは初めてなので、改めて何て美しい顔なのだろうと思った。目の配置も口の形も全てが恐ろしいほど整っている。
 ドクンドクン……と心臓がうるさくなっているのは、あられもなく人様に肌を見せているから。それ以上の理由などない。
 優弦さんはじっと私の火傷のあとを見ると、すぐに氷を当てた。時間にしてほんの数秒のできごとだった。
「幸い、Ⅰ度熱傷で済んでそうだ。数日経てば痕は消えるだろうから安心して」
「そうでしたか。あ、ありがとうございます……」
「このまま、最低でも三十分は冷やした方がいい」
 的確な指示を出したあと、優弦さんは身に纏っていた浅黄色の羽織をそっと私の肩にかけてくれた。
 ふわっと優弦さんの香りに包まれて、一瞬視界がクラッとした。
 もしかしてこれも、遺伝子の作用なのだろうか。
 ドキドキと心臓が早鐘のように鳴って、少しずつ呼吸が浅くなる。
 私は正気を保つために奥歯を噛みしめて、ぺこっと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。恐れ入りますが、少し休憩を頂きます」
「いや、今日はもう休んだ方がいい。百合絵さん達には伝えておくから」
「いえ、大丈夫です」
 優弦さんは何か言いたげな顔をしていたけれど、私はなるべく目を合わせずに再び頭を下げ、そっと和室を後にした。
 憎い相手の羽織を身に纏うことなど屈辱でしかないけれど、服が乱れているので仕方がない。
 私は患部を冷やしながら早歩きで自室へと戻り、すぐに服を着替えた。
 立ち鏡で自分の顔を見ると、そこにはひどく動揺した表情の自分がいた。
「ひどい顔……」
 優弦さんの、本気で心配した顔が頭の中に残っている。
 たとえ本心でも演技でも、私がこの家の膿を暴きだし、いずれ離婚するという目的は変わらない。
 それなのに、一瞬だけ心が揺らいでしまった自分がいたことが許せない。
 祖母が運ばれたあのとき、彼はまだ研修医だったろうけど、あの場所にいたことは事実で……。そして今も、差別だらけの相良病院で働いているのだ。
 自分の中の怒りを再燃させ、私は鏡に映る自分から目を逸らした。
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