雪のとなりに、春。
「……っ」


手の平に当てられる奏雨の柔らかい唇。
間一髪のところで彼女との間に自分の手を挟んだ。

至近距離で見る奏雨の瞳が水分を増してきらりと光る。

俺は、彼女の薄い肩に触れてそっと距離をとった。


「……好きでもない男とこんなことするの、これで最後にしなよ」

「好きよ」

「だからそれは皐月が……」

「わたしは奈冷のことが好き。小さい頃からずっと好きよ」

「……」


ああ、いつかもこんなふうに告白されたっけ。

階段から降ってきた先輩をとっさに受け止めて、何度も好きだと言われて、「よく知りもしない相手に何を言ってるんだ」と本気にしてこなかった。


……けど、今度の相手は違う。

お互いによく知っている。


滅多に泣かない奏雨が目に涙を溜めて、
滅多に照れることのない奏雨が頬を赤らめている。

どうしてここで「笑えない冗談」と言って笑えるんだろうか。


「小日向花暖なんかやめて、わたしと付き合ってよ……わたし、奈冷の為にこれまで頑張ってきたのよ……!」


女子にしては高い身長で、でも細い身体がすがるように抱きついてきた。


「ちょ、奏雨」

「いやっ」


頑として離れてくれる気配がない。

聞き分けが良くて、素直で、大人しかった奏雨とは思えない。
動揺して彼女の身体をすぐに引きはがせなかった。

それに今、なんて言った?


「奏雨、俺の為に頑張ってきたって、どう、いう……」


顔を上げた奏雨の瞳から、ようやっと一粒が流れ落ちた。


「お母さんの言うこと大人しく聞いてたのも、勉強頑張ったのも、中学受験で寮に入ったのも、全部全部奈冷のために頑張ったの!!」


点が、増えるばかり。

増えた点を線でつなげることができない。


「え……」


だめだ。やっぱり俺一人じゃ情報を処理しきれない。

先ほど心の奥底にしまい込んだはずの悲鳴が溢れそうになった。


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