離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
「あ、忍さんのお着替えは岩木さんが用意してくれたものがありますよ。寝室のクローゼットに入っていると思います」
 
「そうか」と答えはしたが、激しく動揺していた。
 
 着替えを取りに寝室に向かうと、大きなベッドが目に飛び込んできた。
 
 ドアノブを握ったまま固まってしまう。
 
 待ってくれ。
 今日はここで眠るのか。
 琴子とふたりで……?
 
 想像するだけで頭に血が上って、めまいを起こすかと思った。
 
 彼女と一緒にベッドに入って、なにもせずおとなしく寝られるわけがない。
 
 一ヶ月ほど前、彼女を抱いたときのことを思い出す。

 真っ白な陶器のような肌。

 シーツの上に広がった艶のある黒い髪。

 唇からもれる甘い吐息に、潤んだ瞳でこちらを見上げる琴子の表情……。
 
 それらがなまなましくよみがえり、体の奥が熱を持つ。そのとき背後から声をかけられた。
 
「忍さん?」
 
 琴子の声に、驚いて肩がはねた。

 振り返ると、廊下に立った琴子が不思議そうにこちらを見ていた。
 
「お風呂の準備ができましたよ」
 
 そう言われ、なんとか平静を装い「わかった」とうなずく。
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