離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 新居であるマンションへとやって来た琴子の不安そうな顔を思い出すと、胸が痛くなった。
 
「俺は彼女に好意を持ってもらえていると、うぬぼれたことを考えていた」
「会ったこともないのに好意を?」
「いや、偶然会ったんだ。俺は彼女が政略結婚の相手だとわかっていたのに、それを隠して一日一緒に過ごした」
 
 数日前、マッチングアプリの待ち合わせの相手のふりをして、偽名を名乗る彼女と一日デートをした。
 
 最初は、箱入りのお嬢様のくせに遊び慣れた女のふりをする琴子が危なっかしくて放っておけなかった。
 
 そして、政略結婚の相手の弱みを握ってやりたいという打算的な気持ちもあった。
 
 それまでは政略結婚にうなずく女なんて、どうせ俺と同じように恋愛に興味がなく自分勝手な人間なんだろうと思っていた。
 
 けれど、実際に出会った彼女は想像とはまったく違った。
 
 美しいケーキや水族館の水槽を前にして無邪気に感激したり、顔を真っ赤にしたり、声を上げて笑ったり、驚いたり、すねたり。
 
 純粋で素直で好奇心旺盛で、恋愛に憧れ些細な出来事によろこんで。
 
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