会うことは決まっていた

「ぁ……」

 首筋から胸元へ伝う熱。
 指先から与えられる繊細な愛撫。

 どれをとっても、体だけでなく心も満たすものだった。

(毎晩交わっていたように思えたのは、夢でも幻想でもなかったのかな)

 そう思えるほどに彼の肌は私を喜びに震えさせた。
 
(ここは草壁さんの家で。名目だけとはいえ史さんは奥さんがいる人で。私には夫がいて)

 社会的順番を考えれば、こんな展開は許されないと頭では理解していた。
 ただ、理性で理解していることと、胸の中で望んでいることは合致してくれない。
 社会的な私を優先すれば、きっと波風の立たない平穏な生活が戻るだろう。

(でもそれは、死なないためだけに生きるようなものだ)

 それを確信したから、私は自身の魂が望む道を選んだ。

「あなたの全部をください」

(私は……ちゃんと生きてる。生きてていいんだ)

「あげる。瑠璃さんに俺の全てをあげるよ」

 史さんから与えられた熱と温もりで、私はやっとこの世界に二本足で立てる自信が湧いてきた。
 理屈ではないどうしようもない愛おしさが込み上げ、彼の背を引き寄せる。

「ありがとう……史さん」

(気づかなければよかったとも思ったけれど。会えたから……私は生きる意味を知ることができた)

「瑠璃さんの中のスイッチは入ったばかりだ。きっとこれから花が赤くなる」

 耳元でそう囁くと、史さんはもう一度名残惜しそうに唇にキスを落とした。
 私は呼吸を整えながら彼を見上げる。

「赤くしてくれるのは……史さんじゃないんですか」
「……俺じゃ、幸せにできない」

 額に優しいキスを落とし、史さんは身を起こした。
 それが肌を合わせられる時間の終了を意味しているのを察した。
 私はあまりに呆気ない逢瀬に私は、涙を我慢することはできなかった。

(きっと、もう史さんとはこうして会うことはできない)

 それが肌で感じられたから、しばらく声を出さずに泣いた。

 こんなにも苦しいと思ったことはなかった。
 自分は命を燃やして生きてこなかった。
 史さんのように自分の心に向き合って生きていたら、今の夫との違和感もすぐにわかったはずだ。

(誰も責められない、それが私の選んだ道なんだもの。でも、その道はまた選び直せる……未来はまだ無限の可能性を秘めているんだから)

 全ての状況を悟った私は、涙を拭いて呼吸を整える。

(いつまでもこの部屋にいたら、大旦那さんが戻られるかもしれない)

「……帰ります」

 私は乱れた服を整え直し、部屋から出た。
 店先に戻った私と史さんは、何事もなかったようにお互いを静かに見据えた。

「色々、ありがとうございました」
「こちらこそ。体に気をつけて……頭痛がしたらまたおいで」
「はい」

 その時、自分は笑っていられただろうか。
 わからないけれど、またおいでと言った史さんの表情は今までのどれより優しくて……心から安堵した。

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