乙女ゲームの世界に転生しましたが、攻略対象者じゃなくて初恋の彼に逢いたい
9話『攻略対象者』

 寮の自室へ戻ってきた私は一階のロビーで待ち構えていたフリーダ女史に引き留められた、どうやら入学式で倒れたことが連絡されていたらしくえらく心配をかけてしまった。

「そうそう、遅くなりましたがあなたと同室になるご令嬢が先ほど入寮されてきましたよ」
 
「そうなんですね、優しい子だと良いなぁ」 

「……ちょっと個性的なご令嬢ですけれど仲良くしてあげてくださいね?」

「あっ、はい」

 笑顔で言葉を濁された気がしたものの、とりあえず夕食の時間までまだしばらくかかるだろう。

「部屋は同室の子がきっと引っ越し作業で落ち着かないだろうな」 

 自分の荷物があまりに少ないのは自覚している、本来ご令嬢方はドレスやら装飾品やら家具やら自室に入りきれないような大量の荷物を持って入寮しようとして、部屋に入りきらないその大半を泣く泣く実家に送り返す事になるらしい。 

 今自室へ戻ってもゆっくり休めないだろうな。

「そうだ、確か一階に自学自習室があるって案内して貰ったっけ」

 なら夕食まで自学自習室で少しでも勝っちゃんとクリアしたゲームの内容を思い出したい。

 今日は入学式でだったのでノートや筆記用具等は持ってきていないけれど、自学自習室には生徒が勉強しやすいように壁で仕切られ半分個室になっている机や参考書、勉強に必要となる文具などが補充できるように用意してある。

 だからなんとかそこから一冊ノートを頂き、記憶を思い出しながら攻略本を自作しなくちゃいけない。

 自学自習室は一階の最奥に作られているようで、新入生の保護者や生徒たちで賑わう談話室や食堂とは離れた場所に作られているようだ。

 人が三人は並んで歩けそうな広い廊下を進んでいくと、なんの飾り気もないシンプルな扉が現れた。      

「失礼しまーす」

 流石に入学式でこの部屋を利用しようとする生徒はいないらしく、室内はシンと静まり返っており、人の気配は見当たらない。

「ラッキー、貸し切りだぁ」

 室内に入りぐるりと辺りを見回して柔らかな太陽の光がレースのカーテン越しにあたる個室スペースのひとつを借りることにした。 
  
 入り口近くにあった予備の文具用品収納棚からシンプルなノートを二冊頂いた。

 表紙は経年劣化のためうっすらと黄ばんだように偏食してしまっている。

 羽ペンとインクは貸し出しのようなので、ありがたく拝借しておく。

 貴族のご令嬢たちは文房具やノートですら華美なデザインのオーダーメイド品を愛用しているため、誰も使うことがなかったのだろう。

 頂いたノートを机に開き、ペンにインクを染み込ませる。

「とりあえずここが本当に実写化したゲームだと仮定して……」

 詳しいタイトルは忘れてしまったのでこちらの言葉で乙女ゲームと銘打って、はたと気が付いた。

 ダメダメ、こっちの言葉で書いたらすぐにばれちゃうじゃない。

 書いたら文字の上をペン先でグリグリと塗りつぶした。

 残念ながら今の私が扱える言語はこの国で使われている公用語と日本国くらいしかわからない。

 英語の授業中なんかわからなすぎて机ですやすや寝ていて勝っちゃんにたたき起こされるなんて良くあることだった。

「さて、えっと『乙女ゲーム』っと」
  
 日本語でかかれたノートを見て思い付いた。

 これ、日本語で書いたノートを攻略対象者に見せたら勝っちゃんか私みたいに転生者がいれば分かるんじゃないだろうか。

「痛っ!」

 そう悪巧みをしたのがいけなかったのかペンを握っていた右手に鋭い痛みが走りペンを机へ落としてしまった。

「なに、いきなり」

 右手を左手で擦りながらペンを見る。

 人差し指で恐る恐るつついてみたが、痛みが走ることはない。

 気を取り直してペンを持ち直しノートに向かう。

「もしくは日本語で書いた手紙でも机に忍ばせてみ……痛ったーい!?」

 またもや痛みに右手が疼く、まじでいったいなんなの? 

 ツンツンと、つついてみてもやっぱりなんにも起きない。

「もー、なんなのさっきから!」

 もしかしてこれはカミー君のせい?

 確か転生する前に自分から優里亜であることを伝えることは出来ないと言われた。

 もしかして他者に見せる前提で前世の自分に繋がるものを書くのが行けなかったのだろうか。
  
 始めに書いた『乙女ゲーム』の下に『攻略対象者』と漢字で書いてみるものの痛みは襲ってこない。

 ペンをおいてノートを持ち、これを廊下に落としてこようと思ったところでノートを持つ手に痛みが来た。

「くぅぅ、痛い」

「ならノートに名前を書いたらどうなるのよ」

 涙目でノートを睨み付け痛みを覚悟してノートに『佐藤優里亜(さとうゆりあ)』と書いてみたけれど、痛みは襲ってこなかった。

 それならばと『勝っちゃん』と彼の本名である『出雲勝也(いずもかつや)』も書いてみたけれど痛みは来ない。

 2人の名前をハートで囲み、ついでに勢いで『大好き』と書いて、あまりの恥ずかしさに見悶えた。

 手は痛くないけれど、心が痛い。

 物凄く痛い気がする。

 我ながら良くもまぁここまで勝っちゃんへの初恋を拗らせたものだ。

 ペラリと新しいページを開いて、ペンにインクを染み込ませる。

 別に誰かに見せる予定もないし、そもそも見せられないノートだもん、何を書いても……いいよね?

 窓の外が暗くなるまで夢中で書き綴ったのは勝っちゃんへの気持ちを連ねたラブレター。

 ずっと心に秘めていた思いを吐き出すように次々と書き連ねる。

 むしろこれは絶対に勝っちゃんには見せられない代物になってしまった。

 恥ずかしすぎて絶対に晒せない、落とせないし無くせない。

 一通り書き終わったところでスッキリしたので、本来の目的であった攻略本作成に取りかかる。

「とりあえずバートランド先生かな」

 バートランド先生の思い出されるゲームのキャラ設定の下に実際に会って感じたことを付け加える。

 そして次に入寮にあたって出会った名前のわかる皆様を一ページに一人ずつ記載していく。
  
 なにか新しい情報が得られたら少しずつ余白を埋めていく。

「レオンハルト・グランデール、グランデール王国第ニ王子」
 
 高い身分と基本スペックの高さから彼がメイン攻略者対象者だろうことは間違いないと思う。

 アンジェリーナ・クロウの婚約者で前世でゲームをした際の私の最萌の攻略者だった。

 短く整えられたり艷やかな赤い髪と瞳のアイスブルーは美麗イラストのまだけれど、あのイラストを実際にいる人にするとずいぶんイメージが違う。

 メインであれだけ違うなら他の攻略対象者を見つけ出すのもかなり苦労することになりそうで先が思いやられる。

 しかし悩んだって仕方がない、今は勝っちゃん候補を絞り込むのが先決だ。

 たしかあのゲームの攻略対象者は五人だったはず、しかし実際にプレイした訳ではないけれど続編で新たに五人の攻略対象者とヒロインが写った画像を見たことがあるため、そうなったらもう誰が誰だかわからない。

 とりあえず知っているグランデール王国の第二王子、宰相子息、騎士団長子息、養護教諭、公爵子息をそれぞれ一ページに一人ずつ記載していく。

 覚えている髪の色や瞳の色、好感度アップのためのイベントをうろ覚えで書いていく。

 ちなみに名前なんて覚えていない、だって隣でゲームをしている勝っちゃんばっかり見てたからゲームの内容は勝っちゃん込みの記憶でしかない。

 それでもメインの攻略対象者をしっかり覚えていたのは、メイン攻略対象者の第二王子が勝っちゃんの性格に何処と無く似ているような気がしたから。

 第二王子レオンハルト・グランデール殿下とその婚約者でヒロインと全ての攻略対象者との間に割ってはいるいわば悪役、または当て馬令嬢がアンジェリーナ・クロウ公爵令嬢だ。

 もし勝っちゃんを捜そうとすれば間違いなく障害となるのは彼女だろう。

 そして攻略対象者やネームドモブのように優秀な令息たちには軒並み婚約者がいるのだ。

 それに割ってはいる女……婚約者であるご令嬢方からすれば泥棒猫か女狐か、唾棄すべき相手であることに代わりはない。

 ずっしりと心が重いけど、やらなければ勝っちゃんは見付けられない。

 条件のいい結婚相手を見付けてこいという父の指示なんて別にどうでもいい。

 もともと勝っちゃん以外の男性と添い遂げるつもりなんてなかったし、ただ……勝っちゃんに相愛の婚約者がいた場合、私はどうするのだろうか……



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