ハートの確率♡その恋は突然やってきた
 借金の残り50万円をくれるって言った人だし、本名を明かさないワケにはいかないよね――。

「……私、遠藤綾香って言います」

「遠藤綾香、さん? 本当に?」

「ええ。疑うなら社員証でも見ます?」

 本名を言った瞬間に、ケンジさんはすっごく難しい顔をした。それを目の当たりにしたため、彼に疑われていると考えた私は社員証を提示して、遠藤綾香であることを直接確認してもらった。

「エリカさんっていう名前もステキだなぁと思っていたら、本名が綾香さんだなんて……。これってもしかして、天が与えてくれたご褒美じゃないだかろうか!」

 ケンジさんは私の存在をしっかり無視して、ブツブツと独り言を言いながら両手に拳を作り、頬をどんどん紅潮させていった。よく分からないけど、私の名前ひとつで興奮しているみたい。

「あのぅ、ケンジさん?」

「行きましょう、綾香さん。今すぐに!!」

「はぃ?」

「ああ、名前を呼んだら返事が返ってくる……。そんなありふれたことでも、感動で胸がいっぱいだ」

(この人、大丈夫だろうか――)

「あはは……。好きなコの名前だったりするのかな?」

「いやぁそのぉ、実はそうなんです。近づきたくてもそれを阻む、高くて分厚い壁がありまして。見つめながら思い続けて、早1年になるんですよ」

 高くて分厚い壁? それって世間体のことかしら。それとも相手は人妻とか? とにかくケンジさんが、ちょっと危ないストーカー野郎だってことは、よぉく分かった。

 アブナイ男から大金を貰う自分。多少のリスクがあるのは、当たり前だよね。

「……だったら早速ホテルに行く?」

 興奮している彼に声をかけつつ、小首を傾げて色っぽいポーズをとりながら、改めてケンジさんの服装をチェックした。

 手荷物はナシ。洋服のポケットも特に膨らんでる様子はないから、変なものは持っていないのは明らかだった。

 たまぁに変な遊びをしたがる人がいるからチェックしておかないと、あとから大変な目に遭うのよね。

「はい! あ、その……行きたいですっ」

「豪華な部屋のわりに、安くていいトコ知ってるんだ。そこでいいかな?」

 言いながらケンジさんの左腕に自分の腕を絡めて、引っ張るように歩き出した。

 いつも使ってるホテルが、一番安心できる。全部屋の様子から非常口の位置だって、すべて把握済みだった。

 かくて鼻の下を伸ばした彼を連れて、いつものようにホテルにチェックインした。まずは前金をせしめるべく、頭の中で電卓を細かく叩いていく――。
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