忘れさせ屋のドロップス
『有桜、あなた分かってるの!私も先生もね、あな』

「おねがい!連絡……して、こないで……」

私は遮るようにして一方的に電話を切ると、電源も切った。

大きく深呼吸する。大丈夫。この間、遥が言ってくれたみたいに、ゆっくり、ゆっくり息をすれば……

「はっ……はぁっ………」

遥。こわい。上手に息ができなくて。遥が居ないとこわくてたまらない。

段々と頭がぼんやりしてくる。ガタンと音がして、自分が椅子から滑り落ちたことに気づいた。

『大丈夫、大丈夫だから』

遥の声を思い出そうとするのに、苦しくて、遥の声もわからなくなってしまう。


息をしようとする度に、どんどん苦しくなって、水の中で溺れてるみたいだ。


「は……るか……」


名前を呼ばずにはいられなかった。息が出来なくて、怖くて、遥に会いたくて。滲んだ景色は、どんどんぼやけて曖昧になっていく。


瞼が強制的に閉じられて暗闇の中に放り込まれた。

「そ、ばに……居て」


辛うじて発した言葉は誰にも届かず、暗い部屋に消えて行く。

視界は何故か歪んで気づいたら、床が見えていた。やがて、その視界さえも暗闇が剥ぎ取るようにゆっくり奪われた。


ーーーーカランと扉の開く音がする。


「有桜!」

遥の呼ぶ声が聞こえた気がした。

< 116 / 192 >

この作品をシェア

pagetop