忘れさせ屋のドロップス
「姉貴!」
「遥!どういうこと!」
ストレッチャーのガラガラという音がやけに響く。有桜はぐったりとして瞳は閉じたままだ。
「分からない、帰ってきたら有桜が倒れるのが見えて……俺……」
「え?どういうこと?有桜ちゃん置いてアンタ出かけてたの?」
あの時、本当は、有桜は何か言いたそうだったのに。これからは側に居て欲しいって言われてたのに、俺が有桜の側を離れたから。
「姉貴!大丈夫だよな?有桜、死んだり……大丈夫だよな?!」
「遥、所見だけど、……多分大丈夫だと思うけど、検査してみないと……遥、しっかりしなよ!」
姉貴が俺の肩を掴んだ。
ぐったりとした有桜を見ながら、俺は呼吸できてるのか分からない位ひどく、動揺していた。
このまま有桜に何かあったらどうしたらいい。
ーーーー俺のせいだ。
有桜にそばにいて欲しいと言われてたのに。俺のせいで有桜が死んで…で
「遥!」
姉貴の指が強く俺の肩を握る。
俺はどんな顔してるだろうか、言葉が出ない。怖くて。有桜を失いたくなくて。
「私が見るから、それにもうすぐ内科の先生もくるから……しっかりしな」
「姉貴、頼むから……」
ストレッチャーを押しながら姉貴が看護師にCT撮影とルートの確保を指示した。
「とりあえず、遥はここでまってて」
全身が震える。
こうであって欲しいという希望よりも、そうならないで欲しい不安の方が圧倒的に押し寄せて、吐き気まで催してくる。
生きた心地がしなかった。検査室の前の長椅子で、震える拳を何度も握り直した。
ーーーーこの病院に誰かを抱えてくるのは二度目だったから。
『先生、頼むから助けてくれよ!』
医師に縋り付くように懇願したのを無機質な通路を眺めながら思い出す。
……那月は二度と目を覚まさなかったから。
俺はあの日も那月の側に居られなかった。
俺は肝心な時に限って、いつも大切な人の側に居られない。
失ってしまってからじゃ、遅いのに。何度も何度も後悔してきたのに、俺は何一つ学んでない。
何処にも行かないよね?
朝、涙を溜めながら俺に聞いた、有桜の顔を思い出していた。