忘れさせ屋のドロップス


「……俺は……もう誰も好きになれない」

遥が苦しそうに、そう口にした。

「やだ……一人にしないで」 

 私は駄々しかこねれない。自分でも子供だと思う。こんな子供みたいじゃ、遥の邪魔になっちゃう。

ーーーー遥みたいに、もっと早く大人になりたかった。

 しばらく背中を摩っていたら、有桜の体が俺に預けられるように重みが増した。

 泣き疲れて眠ってしまった有桜を、俺はしばらく見つめていた。長い黒髪を漉くように撫でる。    

ーーーー『一人にしないで』。

 俺は何も言えなかった、一人の怖さがわかってるから。一人は寂しいから。

 俺の理性なんて、もうギリギリだった。 

 有桜は、那月じゃないのに、那月に見えて、ただ触れたくて。

 このまま有紗と暮らすことがお互いの為になるのかはわからない。ただの傷の舐め合いのような気がして、俺は自分自身もわからなくなった。
 


 少しの間、ソファーに座って、頭を整理しようとしたけど、結局出来なかった。

 俺は扉に鍵をかけて、コンクリの階段を一階上へ上がる。姉貴、仕事休みだといいけどな。
合鍵でドアを開けて、俺は言葉を失った。

「は?どーゆーこと?」

 ダイニングで姉貴と秋介が仲良くトーストに齧り付いていたから。

「お、遥、早いなー。おはよー!」

 スーツ姿の上機嫌の秋介にあてられて思わず帰りかけた俺を、姉貴に腕を掴まれて、強引に座らせられる。

 なんだよ、結局元通りで、泊まってたのかよ。めんどくせー。


「どした?珍しいな。朝早くから。何があった?」

 俺の目の前に、懐かしい匂いの野菜スープだけ置くと、姉貴が隣に座った。

「トーストは?てゆーか、有桜ちゃんは?」

「いらない。寝てる」

「遥、何があった?」

 秋介が、コーヒー片手にこちらを覗き込んでくる。

「朝から秋介に、話すようなことじゃねーんだよ」

「あ、そう。兄貴の俺には、言いにくいってことは有桜ちゃんか?……別に、俺は遥が誰と暮らそうが何しようが、構わないよ。ただし、兄として言わせてもらうなら、根っこがちゃんとしたモノならね」

秋介が、真面目な顔で、確認するように俺を見た。
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