忘れさせ屋のドロップス

「有桜!」


 後ろから聞こえた声が、一瞬気のせいかと思った。

 私の前にしゃがみ込んだ遥をすぐに理解できなかった。


「有桜?有桜!」

 慌てて遥が支えるように私の肩を抱いた。


「はっ……はっ、……くるっ、し……は、……るか」

涙で遥が滲む。胸を押さえてうずくまる私を確認するように、遥が頬に触れて私の顔を上げた。

「有桜!心臓わるくないよな?」

心臓?……私は言葉が出ない代わりに首を振る。良かった、と遥は小さく息を吐き出した。

「分かった、おいで、大丈夫だから」

遥がぎゅっと私を両腕に閉じ込める。


「いい?俺の心臓と同じペースで呼吸して」

とくん、とくんと遥の鼓動が抱きしめられた胸元から聞こえてくる。

「はっ……はっ………はぁっ……」

「有紗、ゆっくり、大丈夫だから」

背中をトン、トンと遥が呼吸に合わせてあやすように叩く。

「……っ……はっ……るか、……」

苦しくてたまらない。遥の腕をぎゅっと掴んで首を振る。


「大丈夫だから。有桜、側に居るから」

 遥がトン、トン、トンと繰り返しながら、私の耳元を遥の鼓動が聞こえるようにぎゅっと包み込む。

 とくん、とくん、と聞こえる遥の鼓動と、遥が『大丈夫だから』と繰り返す声が、ゆっくり呼吸を促していく。

 海の底から、ゆっくり遥に手を引かれて、海面に向かっていくように、少しずつ呼吸がラクになっていく。
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