不倫の女

 ふわりと頭に温かいものが乗せられているのを感じる。
 そのふわふわした感触が動いた。

 頭をなでられている。

 そう感じた瞬間、涙が溢れてきた。

「大丈夫。そんなに自分を責めなくって。あなただけのせいじゃないの」

 抱きしめられる。

 涙は止まらない。

「ありがとう。あの人のこと。幸せにしてくれて、ありがとう」

 頭はなでられ続けている。
 反対の手で背中がさすられている。

 私の手は空中に浮かんで、行き場を失っている。

 このあたたかさをくれる人を抱きしめたいのに、私の罪深さはそうやすやすと許してはくれない。

 奥様の髪の毛のいい匂いがする。

 裕太さんからこの匂いがしたことを思い出した。

 いい匂いがすると思っていたのは、奥様の匂いだったのか。

 胸の奥に刺さるような痛み。

 私はこんな状況で嫉妬している。
 その感情に意味なんてないのに。

 そもそも感情なんて全て意味なんてない。

 あるのは、意味のようなもの。

 自分自身に起きた選択の形が、感情になって出力されるだけ。

 その出力方法を選んだのは、結局のところ自分だ。

 恋も、愛も、怒りも、悲しみも。

 意味があるように思えて、何の意味もない。

 あるのは結果と輪郭。

 それをなぞって消しては、中身があるように思い込む。

 幻想と現実の境界線が全部曖昧になっていることを認識する。

 この境界線がはっきりなんかしていたら、多分生きていけない。

 理由はわからない。

 理由なんて、探そうとするからあるように見えるだけ。

 全部最初から存在しない。

 存在していることを証明しようとする意志がそこにあっただけだ。

 奥様は私から離れていく。

 その瞬間になぜか懐かしいような甘えたいような気持ちになり、抱きしめたくなった。

 抱きしめようとしたときには、すでに奥様は私から離れていた。

「生きていてね。それが、あなたが犯した罪の受けるべき罰だと思うわ」
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