わけあり家令の恋
 その午後は気持ちよい青空が広がっていた。

 加瀬家では、私のために上等な洋服や着物など身の回りの品を数えきれないくらい用意してくれた。

 だから欲しいものなどなかったはずなのに、いざ銀座に来てみると、驚くほど華やいだ気持ちになった。
 ただ店頭を眺めながら歩いているだけなのに、思わず笑顔になってしまう。

 煉瓦で舗装された道路や、路面電車が走るにぎやかな街並み。
 流行のドレスに身を包んだ若い女性たち――銀座が初めてだという幸は目を丸くして、子供のようにはしゃいでいる。

「あらまあ、なんてすごい!」
「こらこら、幸。見とれていないで、ちゃんと奥様のお供をしないといけないよ」

 杉崎が苦笑しながらたしなめていたが、私の心も弾んでいた。

「少しくらい大丈夫よ。せっかくこうして銀座に来たんですもの」

 その理由は察しがついていた。隣にいる杉崎がさりげなく、それでいて細やかに世話を焼いてくれるからだ。

 しゃれたデザインのアクセサリー、舶来の香水や繊細なレースのハンカチーフ――気の利いた店は知らないと言っていたのに、彼が案内してくれるところにはどこも女性が好みそうなものが置いてあった。

 もっとも貿易商である加瀬商会の家令ともなれば、当然なのかもしれないけれど。
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