わけあり家令の恋
 今、心を占めているのは会ったこともない夫ではない。

 涼しげな瞳や落ち着いた声音、常に変わらない穏やかな笑顔――杉崎には、もちろんあの色のマフラーがよく似合うはずだ。
 無意識のうちに、私は彼のために毛糸を選んでいたのだから。

 しかしどれほど淡いものであったとしても、彼に想いを寄せてはならなかった。

 私は加瀬亮介の妻だ。
 夫以外の男性を慕うなんて、不貞以外の何物でもないのだから。

 これはただの心の迷いだと、私は自分に言い聞かせようとした。
 恋も知らずに嫁いだせいで、混乱しているだけなのだと。

 誰かの足音と話し声が聞こえてきたのは、その時だった。

「大丈夫です。まだ間に合いますとも」

 どうやらこちらに向かって歩いてくるようだ。夜だから、辺りをはばかっているのだろう。押し殺したような声は、女中頭の栄のものだった。

「すべてを打ち明ければ、きっとわかってくださいますとも」
「しかし――」

 もうひとりの声を聞いて、私は息が止まりそうになった。

(杉崎さん? でも……どうして?)

 私を悩ませている当の杉崎がすぐそばにいる。
 しかもこんな時間に、女中頭と何か深刻そうな話をしているのだ。
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