わけあり家令の恋
月夜の庭園
 その夜、私は十時を回っても寝つくことができず、しかたなく庭に出てみることにした。

 月の明るい夜だった。

 加瀬家の庭園は広くて手入れも行き届いているが、秋バラの季節もすぎたので、今はどこかひっそりとしている。
 屋敷の角にある夫の居室は暗く、もう休んだのだろうと思われた。

 もちろんこんな時間に庭をそぞろ歩くのは、眠れない私くらいしかいないだろう。
 秋の風は少し冷たかったが、苦になるほどではなかった。

 不眠の原因には心当たりがあった。だが私はそれを認めるのが怖くて、いてもたってもいられなくなったのだ。

(わたくしはどうしたら――)

 もしかしたら気に病むほどのことではないのかもしれない。
 いずれ回復した夫と顔を合わせ、ふつうの夫婦になることさえできれば、何も問題はないはずだけれど。

 とはいえ、私はその日まで平静でいられるだろうか?

 人妻でありながら、夫以外の人に心を奪われたような気がしているのに。
 しかもその人はすぐそばにいて、この加瀬家と夫のために家令として尽くしてくれているというのに。

「いいえ! いいえ、だめよ。しっかりしなくては」

 私は自分を抱き締めるようにして、庭園の中央にある東屋のベンチに座った。
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