*結ばれない手* ―夏―
「それにしても、凪徒くん、随分急な話ね。ご家族って確か東京だったかしら? モモちゃんは何か知っているの?」

「い、いえ……」

 投げかけられた凪徒に関する質問に、モモは危うく顔色を悪くしそうになった。

 何とか普段の調子を貫いたが、それでも夫人は不審に思ったかもしれない。

 けれど今は興行に専念すべき時だ。

 これで失敗などすれば、本当に──先輩に……怒られる……?

 ──もうあの長い説教を聞くこともなくなるのだろうか。あの超高速のデコピンも、もう……?

「今は凪徒くんの分まで私達で頑張りましょうね」

 下を向いてしまいそうなモモの髪を撫で、夫人は肩を抱いてくれた。

 刹那に薫る淡い薔薇の匂い。

 ──もしかすると夫人は既に何かを勘付いていたのだろうか?

 けれどそれ以上彼女が凪徒を話題に出すことはなく、優雅で麗しい舞の前に、モモもいい加減に演じることなど出来る訳もなかった。

 木曜三公演、金曜四公演、土曜も同様四公演、そして週末最終の日曜三公演。

 モモはひたすら真摯にブランコに取り組み、観客の反応は上々といえた。


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