*結ばれない手* ―夏―
「これでいいの?」

「え?」

 ボトルの蓋をつまんだ指先には見覚えがあった。

 杏奈の真っ赤な爪──手から腕へ、腕から肩へ、モモより少し高い位置の顔を見上げて、思わず丸い眼を更にまん丸にしてしまう。

「待っていた甲斐があったというものね」

「……」

 烏龍茶の向こうの派手な顔立ちが、ニヤリと微笑んだ。

 モモは凪徒の呪いのようなあの言いつけを反芻(はんすう)して、無言で顔を横に向けた。

 更にガチガチになった身体も後に続ける。

 去らなければ──先輩に怒られる!

「モモちゃん……あなた、知りたくない? ナギの過去」

 背後からの誘惑に、つい動かし始めた足を止めてしまった。

「話をするだけよ。夕方までに帰れば分からないでしょ? ちょっと付き合わない?」

 ──先輩の過去──。

 おどおどした瞳を思わず自信に満ちた杏奈の瞳と合わせてしまう。

 それだけで既に術中にハマったも同然だった。

 烏龍茶を代わりに支払った杏奈はモモを真っ赤なコンバーチブルに乗せ、サーカスとは真逆の方向へ走り去った──。


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