*結ばれない手* ―夏―

[9]確執と怒り

「すみません……嘘つきました」

 モモは(うつむ)き結局白状した。

「でも食事して、ジャージのままじゃおかしいからって服を買ってもらって……先輩のお父様の会社に行っただけで……何かを吹き込まれた訳じゃないですっ」

 新事業立ち上げのために凪徒に戻ってほしいと聞かされた件は、自分にも受け入れ難く、モモは言葉にしなかった。

 ──それで十分丸め込まれてるじゃねぇかよ……。

 凪徒は一瞬そう言いかけたが、

「あいつの本社に行ったのか……まさかあいつに会った訳じゃないだろうな?」

「“あいつ”って……?」

「……俺の、おやじだよ……」

 気まずそうにぼそっと答え、視線を横に逸らした。

「大阪に出張中だとか言ってました」

 その答えでホッと胸を撫で下ろした凪徒に、モモは違和感を覚えた。

 ──どうしてあたしが会えなかったことでそんなに安心したんだろう?

「桜の家系のことは誰にも話すなよ」

「はい……」

 凪徒が否定しなかったことで、とうとう本当の本当に、凪徒が桜財閥の一員であることは証明されたことになる──手の届かない人──たとえ先輩の気が変わったとしても、まるで雲の上の人のような(へだ)たりを感じずにはいられない。


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