*結ばれない手* ―夏―
「あいつは裏切り者だ! 信用ならないっ。結局おやじの『犬』に成り下がった悪女なんだよっ!!」

「先輩……」

 今一度両腕を掴まれたモモは、先程に比べてより強く圧迫された力と凪徒の心の叫びに、苦しそうに瞳を細めた。

 厳しい顔色から計りしれないほどの憎しみを感じてしまう。

「いいか、もう一度言うぞ。お前は金輪際、杏奈にも桜の人間にも一切近付くな! 俺はあの家から縁を切ったんだ! お前が近付くなら、俺はこれ以上お前とブランコは出来ない!!」

 ──……先輩……。

 凪徒は五年前までに一体彼らとどのような軋轢(あつれき)を生じたのか……モモは彼の奥底から発せられる怒りの声に、目線を外せないまま(おび)えた(うなず)きを返していた。

「は、はい……」

 大きく息を吐き出して、やりどころのない憤怒の(やいば)を噛み砕くようにギリリと奥歯を鳴らす凪徒。

 振りほどくが如くモモの腕から自分のそれを外し、既に黒い闇と化した辺りに溶け込み去った。

 胸の芯がズキンと痛んで呆然と立ち尽くすモモの腕には、凪徒の指の跡がしばらくの間うっすらと赤く残されていた──。


< 41 / 178 >

この作品をシェア

pagetop