*結ばれない手* ―夏―

[18]噂と嘘

 暗闇の中、只ぼんやりと目を開いていた。

 どこを見るでもなく、何をするでもなく。

 が、脳裏に浮かんだのは、あの不敵な微笑み。

 その(つや)やかな唇から現れた五文字の言葉──『いいなずけ』。

「モモたん……大丈夫?」

 帰りのシャトルバスは案の定かなりの混雑振りで、先に戻った凪徒を除いた一行は、徒歩で帰宅を余儀なくされた。

 行きと同じように走っても構わなかったが、そんな余力は誰にも有り得ず、どれほどの時間を掛けて戻ってきたのか、もうモモには分からない。

「え? あ、やだなぁ~リンちゃん、何でそんなこと()くの? あんなに美人さんなんだよ。先輩にお似合いだよねー」

「モモたん……」

 トボトボと歩きながら、そんなやり取りをしたようなしなかったような……帰宅後すぐ自分の布団に潜り込んだモモの穏やかでない心の内は、もはや全てが(おぼろ)げで、夢と現実の境い目もはっきりしなかった。


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