*結ばれない手* ―夏―
「気に入った? 嘘だと思うかもしれないけれど、貴女が寝ている間に私が作っておいたのよ」

「えっ……」

 驚きと共に、この女性には(かな)うものは何もないのだと、敗北感を覚えざるを得なかった。

 美しさもスタイルの良さも、そしておそらく賢さも……更に料理上手と来たら、桜家の御曹司である凪徒の伴侶には、どう考えてもふさわしいではないか。

 自分の不甲斐無さを思い知ったモモは、(またた)く間に食欲不振に(おちい)ってしまった。

 それでも共に食事を進める杏奈の微笑みと美味しい食事の力が、彼女に何とか完食を促した。

「とても美味しかったです。ごちそう様でした」

「いいえ、お粗末様でした」

 箸を置いたモモに続けて、杏奈も食事を終わらせた。

 再びの内線電話で現れた女性が食器を片付け、食後の緑茶を差し出して退出する。



 ──全てが語られる時間の始まりだ──。


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