恋、煩う。

それでも、一度は生涯を共にすることを誓うほど好きになった人から、知人以下の好感度を向けられ続ける生活は、少しずつ、しかし確実に私の精神を蝕んでいく。
家に居ることが苦痛になって、仕事をすることで全てを忘れようとした。
痛みに痛みを重ねるような対症療法では何も解決せず、使い古した携帯のバッテリーが弱るように、私の心も消えない傷を蓄積させている。

そんな折に松崎くんに救われて、そしてもう元には戻れなくなってしまった。
思い出してしまった愛される悦び、人の体温の心地良さ。
慈雨に満たされた器に傷だらけの心を浮かべられると、罅割れた隙間に彼の愛情が過不足なく沁みこんだ。
もうここから出なくていいんだよ、と、そう甘い檻で閉じ込めるかのように私の心は包み込まれて、多分、一人で強がっていたあの頃にはもう戻れないだろう。きっと、すぐに耐えかねて壊れてしまうから。

それでも。
それでも、このままずっと過ごすわけにはいかない。
耳触りのいい言葉だけ真に受けて、それを大事に抱えて生きるような。それでもきっと、彼は許してくれるけど。
だけど私は選ばなければいけない。
彼を愛しているから。心の底から大切だと想うから。彼が与えてくれる愛に、報いたいと思うから。
きっと私は今、分岐路に立たされている。





少し前から、違和感はあった。
いつどの時間に帰宅しても、すでにくたびれたスウェット姿だな、と。
だけど私はほとんどの確率で残業をしていたし、本社で働く私より、支店勤務の彼の方が家までの道のりが短い。
きっと仕事が落ち着いているんだろう、と勝手に納得していたのだけど。

「……泰明(やすあき)も、今日休みなの?」

思わず、呆然とした声を零してしまう。
会社から年休取得を急かされ、渋々取得した午後休。真っすぐ帰宅すれば、夜と変わらず部屋を満たすテレビからの笑い声に、アルコールの臭い。転がる空き缶。寝起きのようなだらしない旦那の姿。

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