13歩よりも近い距離
 岳を好きにはなりたくない。岳に恋などしたくない。だから私は、自分で自分を誤魔化し続ける。
 
 タオルを首にかけた岳が戻ってくるまでに、おそらく十分もかからなかったと思う。

「はっや」
「男なんてこんなもんだろ」

 彼の手には、ふたつのマグカップ。

「これ母さんから。すず、ココア好きっしょ?」
「あ、ありがと」

 そう広くもない岳の部屋。ふたり並んでそれを抱えた。

「ゴールデンウィーク終わったらさ、ちゃんと学校行きなよ」

 ひとくち飲んで、そう言った。岳は人ひとり分の距離を詰めた。

「すずが俺を愛してくれたらね」

 どうしてこの人は、こんなにも小っ恥ずかしい定型文しか脳みそに入っていないのだろうか。

「が、岳とは付き合わないってば」

 こっちはこれの、一点張りなのに。

 マグカップを床へと置いた岳は、身体をこちらに向けて言う。

「俺は、すずと色々したい」

 ブジャ。
 己のグレーのスウェットが、口から吐き出された茶色で染まった。
 ああ汚いとか、溢しちゃったどうしようとかそんな感情を飛び越えて、今すぐここから逃げ出したいとそう思った。

「な、なに言ってんのよ変態!まじでもう、私帰るっ!」

 岳の母親が用意してくれたココアだけは飲み切ろうと、ごくごく喉を動かした。しかし私はどちらかといえば猫舌で、半分飲んで小休止。岳は私に白けた目を向けていた。

「なに想像してんの、お前……」
「だ、だって岳が色々したいとか言うからっ」
「手ぇ繋いだり、腕組んだり、遊んだりってことだよ」
「はぁ!?」
「え、なに。もしかして変なこと想像してたの?」

 はめられたような、意表を突かれたような気もするが、岳の透き通った瞳がそうではないと言っている。たじろぐ私を目にすれば、やっぱり岳は嬉しそうに笑っていた。
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