あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 ニッコリ笑いながら杏子(あんず)へ向けて軽く片手を上げてみせると、杏子がすぐそばの管理職らしき男の席――恐らくはアレが中村経理課長だろう――に何事かを話しに行って……。

 ちらりとこちらに視線を投げかけてきたその男が、きまり悪そうに慌てて岳斗(がくと)から視線を逸らすから。

(僕が弱みを握ってるのを知ってる?)

 杏子から転送されてきた音声データのことを思い出してイラッとした岳斗だったけれど、長年かけて(つちか)った腹黒スマイルを浮かべて、経理課長(クソヤロー)へ向けて素知らぬ顔で黙礼をした。

 杏子が机の中から小さなカバンを取り出して《《ひょこひょこ》》と右足を(かば)いながらこちらへ向かってくるのを見詰めながら、岳斗は杏子を支えようと足を踏み出したのだけれど――。

 まるでそれを(さえぎ)るようにサッと立ち上がった女性――ヤスイの取り巻きの一人――が、足を引きずりながら歩く杏子へと近付いていく。

「あら、ごめんなさーい♪」

 そうしてそんな声と同時にすれ違いざま、わざとらしく杏子の無事な方の足へ向けてその女の足が突き出されたのを見た岳斗は、自分が外部の人間だと言うことも忘れて経理課内へ飛び込むと、杏子を抱き止めていた。

 すんでで杏子が転倒するのを阻止(そし)した岳斗は、闖入者(ちんにゅうしゃ)の自分を《《うっとりと》》見上げてくるクソ女を冷めた目で見下ろす。

「杏子ちゃん、大丈夫?」

 岳斗の声に、杏子が落ち着かないみたいに「あの、岳斗さん。私、もう大丈夫なので……」と戸惑いに揺れる声音を上げて身じろいだ。

 そんな杏子には悪いが、岳斗は杏子を抱きしめる腕を緩める気なんてさらさらない。
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